「魂がオタク」なアラサー女子のたのしい日常を描いた「裸一貫!つづ井さん」(文芸春秋、税込み1045円)は、作者・つづ井さんの実体験に基づく絵日記スタイルのコミックエッセーです。4月初旬、最新巻の発売を記念して開催されたトークショーに、顔出しNGのつづ井さんは犬の着ぐるみをまとって登壇、ファンの熱い視線が集まりました。イベント終了直後のつづ井さんに、今作の読みどころや近況について伺いました。
――ファンの方々との対面はいかがでしたか?
いつもはひとりで漫画を描いているので、今日、読者の方と直接お会いできたのはとてもうれしかったです。コロナ下の開催ということで声は出せないとはいえ、マスク越しの表情とか、一所懸命にうなずくしぐさとか、すごくリアクションしてくださっているのを見て、「ああ、私の絵日記を本当に読んでくれている人がいるんだ……」と、あらためて実感しました。
初めて読者の方々と相まみえたのは、2021年10月でした。「裸一貫!つづ井さん」の3巻発売イベントとして、お一人ずつ一緒にチェキを撮影して、サイン入りポストカードをお渡しするという会を開催したんです。私は素顔で人前に出ないことにしているので、犬の着ぐるみを自前で用意しました。
――自前なんですね! おいくらくらいするものなのでしょう?
2~3万円だったかな。以前、朝の情報番組「スッキリ」に呼んでいただいた時、番組が用意してくださったクマの着ぐるみで出演したんですが、それが思いのほか楽しくて、味を占めたんです。きっとこの先も使う機会があるだろうと思って買ったのですが、今日も役に立ちました!

愛情表現としての模写
――つづ井さん独特の絵日記というスタイルは、いつごろでき上がったのでしょうか?
子どものころから絵を描くのが好きでしたが、文章を書くことには苦手意識があって。学校の宿題の、文字だけの日記がうまく書けなくて、補足するつもりで勝手に絵を添えて提出していました。その延長で絵日記を描くようになって、今に至ります。高校生までは、誰に見せるということもなく、楽しいことがあったら描くという感じでした。あと、模写もよくしていましたね。友人に指摘されて気づいたんですが、好きなものはもれなく模写してきているんです。
中学生の時、ある俳優さんが大好きになって、その方が出演していた大河ドラマを録画して見ていました。当時は、情報や画像がインターネットとかSNSで今ほど簡単には手に入らなかったので、テレビ画面を一時停止して模写していたのを覚えています。1冊まるまるその俳優さんのノート、まだ捨ててないと思います。
高校生になってお笑いが好きになると、芸人さんも模写しました。好きなものはなんでも、ジャンル問わずにですね。愛読していたファッション誌の「Zipper」も模写しました。アニメとか漫画の二次創作とかファンアートとかもありますが、私の場合は模写することが最大の愛情表現なんです。
――大学時代に、Twitterで絵日記を発表するようになったきっかけは?
ひとり暮らしを始めたら家で話し相手がいなくて、じゃあTwitterにでもつぶやいてみようかなと。外に向けて発信したのはそれが初めてでした。大学時代から社会人になるまでの数年間の日常を、シャーペンで紙に書き、写メしてアップして。まさか漫画家としてデビューすることになるとは想像もしていませんでした。
自虐をやめて、自分が楽しいことを描く
――企業で働きながら3年以上続けた連載を終了した後、1年間のお休みを経て、「裸一貫!つづ井さん」の連載をスタート。当時、つづ井さんの決意表明が話題になりました。
「裸一貫!つづ井さん」を描くにあたって決めたのが、「自虐をしない」ということです。きっかけは美容師さんの「円形脱毛症がありますよ。ストレスありますか?」という一言。瞬間的に頭に浮かんだのが、私が無自覚にしていた「自虐」でした。
私は、20代の未婚の女性で、恋愛経験が少なく、現在パートナーはいません。毎日楽しくて幸せですが、周囲には理解してもらえず、「彼氏がいなくてかわいそう」「寂しいのに強がっている」などと揶揄されることがしばしばありました。そこで私が始めたのが、「彼氏いないんです」「モテなくて」と自ら先回りして自虐すること。先手を打つことで相手から嫌な言葉を投げつけられることが回避できて、我ながらうまくやっているつもりで。そのストレスを自覚していなかったことにぞっとしました。
絵日記でも、今だったらこんなこと書かないなと思うような表現を無自覚にしていたんです。もしかしたら、読んでくれた人を悲しい気持ちにさせていたのかもしれない……と大反省しました。そもそも絵日記は楽しかったことの覚え書きなのだから、「ただ生きていて楽しい!」という思いを正直に描いていきたいです。

――つづ井さんは人に恵まれていますね。作中のオタク仲間たちとは「前世からの友だち」と呼びあうほど。良い関係を築く秘訣は?
友人に恵まれ、理解してくださる担当編集さんにも恵まれ、本当にラッキーなんです。人と人は距離感が大切だと思っているので、どんなに仲が良くてもべたべたしすぎない、相手の気持ちをわかった気にならないということを念頭に置いて接しています。根底には、「自分以外の人と100%心が通うということはない」というあきらめがあって。過去の自分の絵日記を読んでも、「この人何考えとるんやろ」と思うくらいですから(笑)。他人の気持ちがわかる、なんておこがましいような気がします。でも、だからこそ、言葉を尽くして伝えたいというのも本心なんです。
どんどんポジティブになってきた
――最新刊は、つづ井さんが飼い犬の介護のために実家に帰るエピソードからはじまります。久しぶりの実家での生活はいかがですか?
実家で飼っている大型犬のAが、老犬と言われる年になって弱ってきました。一人暮らしの母だけでは面倒を見るのが大変なので、数年前、都会での仕事を辞めて実家に帰ることにしたんです。地元でわりと時間の自由の利く仕事を見つけ、数年間は絵日記とも両立させながら犬中心の生活を送り、今年の2月にみとりました。Aを世話した時間は自分にとって特別な意味がありました。
人生は、実際は楽しいことばかりではありません。絵日記に描いていないこと、描けないことのほうが多い。でも、絵日記には楽しいことだけを描くと決めているおかげで、いつも新しいことに挑戦しているハッピーなつづ井さんに私自身のマインドが寄ってきて、どんどんチャレンジングでポジティブになっています。もともと自分なんですが(笑)。

――身辺情報の少ない俳優にハマって心をかき乱されたり、コロナ下で誕生した「リモート仮装大会」に興じたり……。つづ井さんが日々を満喫する姿に、笑って癒やされて元気がもらえます。
絵日記のネタにするために何かをすることはなくて、本当にやりたいことをやって、面白かったから描くんです。以前はインタビューやトークイベントは断っていたんですが、今は着ぐるみを着ることも喜んでやっています。せっかくいただいた機会ですから、つづ井さんのおかげでできること、機会を大切にしていきたいです。
(聞き手・読売新聞メディア局 深井恵)