プーチン政権下、妄想と幻覚が不条理な現実と混じり合う

自動車工のペトロフ(セミョーン・セルジン)はインフルエンザで高熱を出し、せき込みながらバスに乗っている。バスの乗客は異常な人ばかりで、騒がしくいがみ合っている。ペトロフは途中で降ろされ、政治家たちの銃殺の手伝いをさせられ、またバスに乗る。一方、彼と離婚した元妻のペトロワ(チュルパン・ハマートワ)は図書館の司書で、館内で暴れる男をたたきのめす。ドロップキック、パンチ、そしてプロレス技のウラカン・ラナ。さらに両者の息子はインフルエンザで発熱し、宇宙船に連れ去られて……。

どこまでが現実で、どこまでが妄想か。判然としないのは、彼らが生きるロシアという国の現実自体が、我々には悪夢のように見えてしまうからだろう。妄想ばかりか現実も悪夢じみている。しかもペトロフとその息子は発熱していて、幻覚も加わっている。

「インフル病みのペトロフ家」の原作はアレクセイ・サリニコフのベストセラー小説。体制に批判的なキリル・セレブレンニコフ監督が、演劇予算流用の疑いで自宅軟禁中に脚本を書き、軟禁が解かれて後、夜の闇の中でひそかに撮影した作品という。

映画「インフル病みのペトロフ家」
(C) 2020 – HYPE FILM – KINOPRIME – LOGICAL PICTURES – CHARADES PRODUCTIONS – RAZOR FILM – BORD CADRE FILMS – ARTE FRANCE CINEMA -ZDF

物語は三つの時代が交錯して進む。プーチン政権の2期目がスタートした2004年の「現在」。1990年代。そしてペトロフが4歳だったソ連時代の76年だ。

「現在」では、人々の不安を反映するようなグロテスクな妄想や幻覚が、不条理な現実と混じり合う。血と暴力、殺人。霊きゅう車の死体の横で行われる酒盛り。それらが強烈なブラックユーモアで描かれる。1990年代はペトロフの幼なじみである作家のエピソード。何と18分間ワンカットの長回しだ。しかもアッと驚くようなやり方で、カットを割らずに時間も空間も超えていく。

76年の4歳のペトロフと彼の両親の思い出は8ミリビデオのようなレトロな映像。一方で田舎から出てきたマリーナ(ユリヤ・ペレシリド)という若い女性の話がモノクロ画面で語られる。ここにも妄想は入り込むが、全体的にノスタルジーに包まれ、美しい。寮住まいの人々が電話を取り次いでもらう様子など、日本の昭和の暮らしとも通じて実に懐かしく思った。

最初は断片的に思えた様々なエピソードは、次第に登場人物たちがつながっていき、やがて一つになる。そこに現れた世界は滑稽で温かく、残酷で恐ろしい。つまり我々の世界と変わらない。迷宮の出口は、こちら側とつながっていたのである。

(読売新聞編集委員 小梶勝男)

インフル病みのペトロフ家(露、仏、スイス、独) 2時間26分。渋谷・シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

◇    ◇    ◇

読売新聞文化部の映画担当記者が、国内外の新作映画の見どころを紹介します。
読売新聞オンライン「エンタメ・文化」コーナーはこちら

あなたのきょうの運勢は? 12星座ランキング 

あわせて読みたい

OTEKOMACHI(大手小町)は働く女性を応援するサイト。キャリアやライフスタイルに関する情報が満載です!

 

Keywords 関連キーワードから探す