「女性は海外のほうが生きやすい」が微妙なワケ

日本でジェンダーについて語るとき、「海外のほうが女性は生きやすい」という例として欧米の国々が取り上げられることがあります。でも、ヨーロッパにも、日本とはまた違う形の女性差別があります。今回は、人生の半分をドイツ、もう半分を日本で過ごした筆者が、「女性の生きづらさ」について考え、差別を打破してきた現在のドイツの「フェミニズム」についてご紹介します。

就労や口座開設に「夫の許可」が必要!?

日本には「ヨーロッパは男女平等」だというイメージがあります。確かに2021年の男女平等指数を見てみると、156か国中、日本が120位だったのに対し、ドイツは11位でした。でも実は、ドイツの状況も「ついこの間」までは酷いものでした。例えば、既婚女性の就労について、1977年までは「夫の同意」が必要でした。同年まで、「既婚女性には家事労働の義務があるため、仕事は家庭生活に差し支えない範囲のみで可能」という趣旨の法律があったのです。銀行口座の開設についても、1968年までは夫の許可がないと妻は自分の口座を開けませんでした。

あれから約半世紀がたった今、当時の状況を振り返りながら「信じられない」という顔をするドイツ人が多いです。今のドイツの法律では男も女も平等ですし、女性はだいぶ自由になりました。その一方で、今も昔ながらの「考え方の癖」のようなものが残っていると感じることがあります。例えば、「お金もうけに貪欲な男性」が好奇の目で見られることはないのに、「お金もうけに貪欲な女性」は、「冷たい」「計算高い」などと言われがちです。

筆者は日本に来たとき、女性が堂々と「趣味はショッピングです」と話していることに良い意味で驚きました。それというのも、ドイツでは、自らの物欲を前面に出し、消費が好きだと発言する女性というのはあまり良い目で見られないからです。そういったところに筆者は、「かつてのドイツの名残」を感じるのです。前述の「既婚女性の口座開設には夫の許可が必要」だとか「既婚女性の就労には夫の許可が必要」といった規定のベースには、「女性にお金関連のことなど任せられない」といった「ドイツの昔ながらの考え方」があると思うのです。

日本では専業主婦である妻が、一家の家計を管理する家庭もありますが、ドイツでは考えられないことです。「お金」については、日本のほうが女性に対する偏見は少ないのかもしれません。

「時短」と「テレワーク」の思わぬ落とし穴

ドイツでは50%近くの従業員が、定期的にテレワークをしています。そのなかでも、長期にわたりテレワークをしているのは、コロナ禍になる前から、もともと時短で働いてきた女性たちです。

日本では、「テレワークをしている」というと、恵まれていると思われがちです。しかし、ドイツでは一昨年のロックダウンが終わった後、男性はすぐにロックダウン前の仕事量に戻った人が多かった一方で、女性は元の仕事量に戻してもらえなかったケースが多かったのです。そこには「女性だから家にいるのが良いだろう」「女性だからこのまま時短で給料が上がらなくてもよいだろう」というジェンダーバイアスが確かに存在しています。

ドイツのベルリン・フンボルト大学の教授で、ベルリン社会科学研究センターの会長でもあるユッタ・アルメンディンガー氏は、ハンブルクでの講演の際、このような女性の状況について「ドイツの家庭には、仕事の量の少ない人、つまりは時短で働く人が家事や育児に時間を割くべきという暗黙の了解があります。時短で働く人とは多くの場合、女性であるわけですが、その結果、何が起きているかというと、女性は家でテレワークをしながら同時に育児と家事にも追われるという状況になってしまっています」と話しました。ドイツでは近年、長期にわたり、時短で働く女性の年金受給額が少ないことも、問題視されています。

ドイツの「フェミニズム」昔と今

ドイツで有名なフェミニストのアリス・シュヴァルツァー氏は、1970年代から男性と女性の同一労働同一賃金を要求し続けています。もちろん賃金だけではなく、女性の中絶の自由、女性に対する性的虐待や性的嫌がらせの禁止など、女性が生きやすくなることを目的に、多岐にわたって主張しています。

ドイツでは日本よりもフェミニズムは身近で、日常の雑談のなかで「女性の権利」について議論することもあります。特に近年は、#MeToo運動に関連して、女性の生きづらさについて以前よりも気軽に発言ができるようになりました。シュヴァルツァー氏が1976年に創刊したフェミニスト系雑誌「Emma」は、今にいたるまでドイツで何かと話題になっていますし、同氏は2000年代にドイツ連邦共和国功労勲章を受賞しています。

その一方で、現在、70代であるシュヴァルツァー氏と若い世代のフェミニストたちとの間の考え方の違いも目立ち、たびたび論争になっています。たとえばシュヴァルツァー氏はドイツに住むイスラム教徒の女性がスカーフで頭髪を隠すことについて、「スカーフは女性への弾圧の象徴だ」と否定的であるのに対し、新世代のフェミニストたちはおおむね「スカーフをするか・しないかは、そもそも女性の自由」という考え方です。

若い世代のフェミニストは、ドイツのなかにある「外国的なもの」を受け入れた上でフェミニズムに取り組むべきだとしており、多様性を重視しています。

年代も肌の色も多様な女性たち

2015年、中東やアフリカ諸国から多くの難民や移民がドイツに入国しました。同年の暮れには大みそかを祝う女性を外国人の男性が集団で痴漢や暴行した「ケルン大みそか集団性暴行事件」が起きました。これについてアリス・シュヴァルツァー氏は、「女性の地位が低い文化圏から来た男性には注意が必要」と見解を述べているのに対し、1980年生まれで旧東ドイツ出身のフェミニストであるアンネ・ヴィツォレク氏は、こう話しています。

「誰が加害者であっても、性的暴行や性的嫌がらせは許されないこと。ドイツで2013年に#aufschrei (和訳「悲鳴」)というハッシュタグのもと、多くの女性が『日常生活の中で受ける性的嫌がらせ』について発信したとき、政治家も含め『ドイツで性的嫌がらせはそれほど問題ではない。これは、たいした問題ではない』という旨の発言をする人が目立ちました。それなのに、2015年の大みそかの加害者が外国人だと分かった途端に、かつては『たいしたことのない問題だ』と言っていた人たちが『女性に対する性的嫌がらせは大きな問題である』と突然、『女性の権利』について語り始めたことに疑問を持っています」

このようにドイツのフェミニズムには「ジェネレーションギャップ」が目立ちます。白人がマジョリティー(多数派)の国におけるフェミニズムはかつて、「白人の女性を中心」に考えられていましたが、現在のフェミニズムは「移民というバックグラウンドのある女性も含めた全ての女性」を対象にしているという違いが、ギャップの底流にあるのです。

今後、日本に暮らす外国人が増えるのは間違いないでしょう。その時に日本のフェミニズムはどう変わるのでしょうか。

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サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト

ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住23年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。ホームページ「ハーフを考えよう!」。著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「体育会系 日本を蝕む病」(光文社新書)、「なぜ外国人女性は前髪を作らないのか」(中央公論新社)。


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