ペットロス沼のプロレスラー・小島聡を救った2匹のチワワ

みなさん初めまして、新日本プロレスの小島聡と申します。今年(2021年)でプロレスラーとなって30周年。これまで3000試合は戦ってきたでしょうか。大けがをしたこともありますが、今も現役です。

今回、そんな私を癒やし、励ましてくれる我が家のチワワ2匹で4歳になったオスの「ラッキー」と、まもなく2歳になるメスの「サラ」について、記していきたいと思います。

小さい頃から尻尾をビュンビュン振りながら喜びを全身で表現する犬が大好き。小学5年の時、父親を説得し雑種犬を飼いました。そして結婚した妻も犬が好きということで再び飼うことに。2004年、ペットショップでまだ小さかった「クッキー」に一目ぼれし、チワワと初めて出会いました。

クッキーは素直で優しく、誰にでもフレンドリー。散歩中に他の犬とコミュニケーションを取ることが大好きでした。しかし、年を取ると心臓に大きな病を抱えて動物病院へ入院することに。心臓弁膜症と診断され、最新の設備が整った動物の救急救命センターに運ばれ、救命措置を受けました。

新日本プロレスの小島聡、チワワのラッキーとサラ
「遠征から戻ると、ラッキー(左)もサラも大喜びで迎えてくれます」(東京都内で、園田寛志郎撮影)

亡き「強い男」生き写し

虹の橋を渡る愛犬の最期をどう迎えさせてあげるか……。飼い主のみなさんが必ず通る道ですね。24時間態勢の集中治療室で先生は不眠不休で命を救うために奮闘してくださいました。2週間後この世を去りましたが、先生は「クッキーは強い男。最期まで勇敢に戦いました。僕なら耐えられなかったかもしれません」と涙をこらえながら褒めてくださいました。今でも胸が熱くなり、感謝の気持ちで頭が下がる思いです。

しかし、その後深いペットロスの沼に陥りました。一緒に過ごした時間は13年半。写真を見るだけで涙、思い出すだけでも涙。プロレスラーとして全国のファンに元気を届けたいと思いながらも、そんな生活がしばらくは続きました。

ところが、半年ほどしたある日、私たち夫婦の前に「クッキーの生まれ変わり」が現れました。私を見かねた妻のすすめもあり生後2か月のチワワを我が家に迎えようかという話になったのですが、会ってみると驚いたことに生前のクッキーと身体の配色がほぼ同じでした。深い悲しみの中で、これは運命なんだと思うようになりました。

これがラッキーとの出会いです。やがて、サラも家族に加わることになるとは、この時は思いもよりませんでした。

「女の子」新たに迎え

ペットロスの悲しみに落ち込む私たち家族が「ラッキー」を引き取ったのが2018年1月。新たな生活のスタートでした。

ラッキーは頭が良く、物覚えの良い子です。お手やおすわりは速攻で覚え、専用シートでの排せつも問題なくできました。以前からの縁で今回ラッキーを譲ってくれたハンドラー(訓練士)さんが、生まれてすぐ目が開いた頃から立ち方など犬の基本姿勢を覚えさせてくれました。基本姿勢は犬にとって病院での検診や治療はもとより、トリミングサロンでも安全に施術を受けるために必要だそうです。

愛犬と飼い主が長い歳月を幸せに寄り添うためには、基本姿勢を犬に身に付けさせて飼い主へ送り出すハンドラーさんは必要不可欠の存在です。ハンドラーさんの尽力により、悲しい思いをする犬が一匹でも減ることを願うばかりです。

ラッキーとの楽しい時間が2年程過ぎた頃、妻から相談を持ちかけられました。「もう1匹迎えてあげられないか」とのことでした。

おそらく前の犬のクッキーが、散歩の度にほかのワンちゃんと遊ぶのを楽しみにしていた姿を思い出し、寄り添う相棒を見つけてあげたいと思ったのかもしれません。しかし、仲良くならなければストレスの原因になってしまいます。かなりの時間悩みました。時には妻と口論となるくらい真剣に考え、ネットで調べ、2匹飼っている人の意見もたくさん参考にしました。

そして娘も交えて幾度も会議した結果、「2匹の絆が深まれば、社会性が育ち犬にとっても幸せなのではないか」と結論を出しました。出会ったのは初めて飼う“女の子”。チョコタンという毛色で「サラ」と名付けました。お姫様という意味です。

愛犬のチワワと遊ぶプロレスラーの小島聡
「ラッキー(右)もサラも、その出会いは今も忘れられません」(東京都内で)

サラは徳島県や淡路島で何十年もチワワのブリーディングに取り組む「シリアスブリーダー」と呼ばれる方から迎えました。良好な環境で無理のない繁殖を行うブリーダーさんのことです。日本では産ませて売るためだけの合理的な環境が優先されていると感じる中、わかりにくい血統のことや、疾病にかかりにくい繁殖をしていることなどを丁寧に説明してくれました。子犬と飼い主が長く幸せに暮らすための理想の姿も教えていただきました。

この上なく良き縁に恵まれ、サラを迎えに行ったのは新型コロナウイルスが流行しだした20年3月。緊急事態宣言が発令される直前でした。無事に譲っていただき、帰りは新幹線で約4時間、小さな小さなサラと2人きりの旅。東京に着いた夜、玄関の外でラッキーを抱いた家族が私とサラを出迎え、記念すべき2匹の初対面となったのでした。

兄のまねっこ 僕譲り?

2020年3月14日。ホワイトデーの夜に「サラ」が加わり、2匹との生活が始まりました。初めは年上の「ラッキー」がどんな反応をするか心配しましたが、すんなりと受け入れてくれてホッとしました。パピー(子犬)のサラは、ラッキーのおっぱいを吸ってピッタリくっついていましたが、ラッキーは嫌がる素振りもせず、優しくじっとしていましたね。

サラはラッキーを「お兄ちゃん」と思っているらしく、なんでもまねをしたがります。いいことも悪いことも全部。写真のポーズや遊び方、食べ物の好き嫌いなど。日課で私がサラをマッサージすると、隣のラッキーが前脚でグッと私の手を自分の胸に引き寄せます。そこでラッキーのマッサージを始めると今度はサラが私の手を自分の方に引き寄せる。これが延々と続きます。ふと、僕が4歳年上の兄のまねをしていたことを思い出しました。振り返ると、プロレスを好きになったのは兄の影響でした。

ラッキーは賢くて聞き分けの良い、静かな「男の子」。どちらかというとマイペース。一方、サラは明るくて、おしゃべりで、ちょっとわがままだけど、気持ちの切り替えが早い。人の気持ちに寄り添ってくれる感受性のある「女の子」。

2匹とも優しいですね。今年の5月に鎖骨を骨折して入院する妻が「しばらく会えないけど、お留守番よろしくね」と2匹の頭をなでたそうです。その晩サラは、虹の橋を渡ったクッキーの仏壇にあるお守りを口にくわえて娘に「ハイ! どうぞ」と持ってきたそうです。5、6個はあったでしょうか。娘も驚いていました。「サラがお守りをこんなに渡してきたのよ!」と。偶然だとは思うけど、なんかグッときましたね。

愛犬のラッキーとサラを散歩に連れて行くプロレスラーの小島聡
「運動のためにも私と妻、娘の3人で毎日1回ずつラッキー(左)とサラを散歩に連れて行くことを目標にしています」(東京都内で)

2匹は近所の人気者です。公園への散歩途中、ドッグショップや犬も入れるカフェが立ち並んでいますが、ラッキーは無言で1歩後ろをてくてく歩くのに、サラはグイグイ先を歩いて店に入りたがります。ショッピング好きな女性がいるのは犬も人と同じなのでしょうか。店員さんが「こんにちは」と声をかけてくれたら、サラにとってはしめたもの。店員さんがおやつをくださるんですが、私は「何か買わなくっちゃいけない」となりますよね。一方でラッキーは、早く公園に行きたいなあって感じで、お座りして待っています。

長い巡業から帰ると走って出迎えてくれる2匹。抱っこをせがみ、尻尾をビュンビュン振ってくれて。疲れが吹っ飛びますね。うん。これは本当に癒やされます……。日々戦っている私にとって、2匹との生活はかけがえのない時間であり、“ワン”ダフルライフなのです。

格闘人生 家族が支え

私には妻と15歳になる娘がいます。一人娘なので、兄弟や姉妹がいたらどんな感じなのだろうと、「ラッキー」と「サラ」を見ながらふと思うことがあります。

娘は幼い頃から電子オルガンをやっていて、演奏で足の 鍵盤けんばん を踏むと、2匹とも小さい頃は面白いのか、よく脚にまとわりついていました。娘が得意なラテンやジャズを弾き始めると2匹ともそばにやって来ていて、みんな音楽が好きな子どもたちといった感じでしょうか。

妻はというと、不思議と犬たちを怒ったところを見たことがありません。2匹は妻の指示をよく聞くのです(笑)。よく家に一緒にいるからアドバンテージがありますよね。

そんな様子を見て私も負けてたまるかと思い、「コツは何だ?」と考えたことがあります。観察していて、妻はサラがいたずらを始めると、無言でパッと別に興味ある物を渡していたずらできる環境を取り除く。良い行動をすれば、すかさず褒めているのですよね。

そう、人間の子育てに通じる部分があるんだな、と。うちの妻は、やる気にさせるのがうまい。小さな成功体験をさせて、よく褒めるのですよ。本当に子育てのプロだなと、つくづく感心させられます。私も褒められるとやる気になります。単純なのですかね……。

そしてラッキーにとって、サラは妹みたいな感じなのでしょうか。何でも後をついてきてまねをするサラをうっとうしがる時もありますが、留守番をさせて家に戻ると、決まって2匹はピタッとくっついているのです。じゃ れあっている姿を見ると、2匹を家族に迎えてよかったなと思いますね。

今から四半世紀前の若手時代に、当時住んでいた新日本プロレスの選手寮で2匹の犬を飼っていた時がありました。「ワカ」というオスと「モモ」というメスです。2005年に亡くなられた尊敬する先輩、橋本真也さんが地方巡業で拾ってきたのがワカで、その後にモモが来たのです。ワカとモモもすごく仲が良かったので、我が家の2匹もできるだけ長く一緒に仲良く過ごしてほしいですね。

「気持ちをオフに切り替えられるのもラッキー(右)とサラのおかげ。2匹のためにも現役生活を続けていきたいですね」(東京都内で)

私にとって2021年はデビュー30周年という節目の年でした。一言に30年といっても、長い時間です。そのうち18年は犬と過ごしたことになり、犬が本当に好きな私にとって、うれしい時間を過ごさせてもらいました。

新日本プロレスは2022年も1月4日の東京ドーム大会から興行が始まります。けがをせず、若い世代に負けない試合をしたいですね。家族と犬たちとのワンダフルライフのため、これからも体力の続く限りプロレスラーとしてファンの待つリングに立ち続けていければありがたいと思っています。

(このコラムは、読売新聞で12月に掲載されたものをまとめて再掲載しています。)

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小島 聡(こじま・さとし)
プロレスラー

1970年生まれ、東京都出身。91年にデビューし、新日本プロレスのIWGPヘビー級王座をはじめ全日本プロレスでも三冠ヘビー級王座に輝くなどのタイトルを獲得。同世代の天山広吉選手とのタッグチーム「テンコジ」もファンの絶大な支持を集める。デビュー30周年の今年も米国遠征などで活躍中。

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