プレゼントを贈るのって、なんでこんなに難しいんだろう

整体の施術を受けながら眠りかけていて、突然鳴ったインターフォンの音で目を覚ました。「ごめんなさい、一瞬出ますね」と声をかけられて、うつ伏せのままぼんやりしていると、整体師さんがすぐに大きな箱を抱えて戻ってきた。開いたドアから外の冷気が吹き込んでくる。

「サンタさんからなんです」という言葉に「いいですね~!」と返したけれど、「家に届くようにすると勘づかれちゃうので……」と申し訳なさそうに言われて、そうかお子さんへのプレゼントか、とようやく気づく。小さいころに通っていたピアノ教室にも、同じようにサンタさんからのプレゼントが配達されて、先生が「内緒にしてね」と言っていた日があったことをなつかしく思い出した。

「全部」に失敗したバレンタインの思い出

プレゼントを贈る側の気苦労を知ったのは、大人になってからだった。人になにかを贈ったり差し上げたりするのはわりと好きなほうなのだけど、そのたびにうまくいかないことが出てきて、常に大慌てしているような気がする。

学生のころ、バレンタインデーの前夜に、マカロンとエクレアとパウンドケーキをつくろうとして全部失敗したことがある。「なんで三つ同時に」、といま振り返ると首をかしげたくなるのだけど、たしか当時付き合っていた人に「おしゃれなやつと得意なやつとチャレンジ枠、どれ食べたい?」と聞いたら「選べないよ」と返ってきて、「じゃ、じゃあ……」と思ったのだった。

丸1日あればどうにかなるだろうという甘い読みは完全に外れ、やれメレンゲが泡立たないだの、食紅が足りないだの、あらゆるトラブルが連続した結果、膨らみの足りないエクレアの赤ちゃんみたいなものだけが焼き上がり、深夜2時に実家のオーブンの前で大泣きすることになった。「明日の予定をキャンセルさせてもらえませんか」と彼に電話をかけたら、一瞬の間のあとで「三つ全部作ろうとしちゃわないか心配だったんだよ!」と爆笑され、翌日、なぜか相手がおいしい中国茶を買ってきてくれたのを覚えている。

人にものを贈るとき、そんなふうにいつも気持ちばかりが先行してしまう。喜んでほしい、できたら驚いてほしいという欲が出て、絵を描いたり、字を彫ったり、余計なオプションをつけずにはいられない。しかも、相手がそれにすごく喜んだり感激したりしてくれると、「次はもっと派手にやろう!!」と謎の血が騒いでしまい、ドラえもんに登場するひみつ道具のひとつ「バイバイン」で増える栗まんじゅうみたいな感じで(通じますか?)、無限に拍車がかかりつづける。

ハードルを上げすぎた、Aさんのアナグラム年賀状

年賀状を書く人
画像はイメージです

父の古くからの友人に、凝った年賀状を送るのが趣味のAさんという人がいる。Aさんは毎年、50音すべてを使って干支えとにちなんだアナグラム(いろは歌)を自作し、それを年賀状に載せて友人各位に配っている。

最初の年、父がそれにいたく感動し、「すごいなあ、あれ!」と相手にメールを送るところを隣で見ていた。Aさんから「来年も期待してて」とすぐに返信がきたと聞き、実を言うと、私はそれにちょっとハラハラしていたのだ。

その年賀状がすっかり恒例になって10年ほどがつ。父の話によると、Aさんは毎年秋ごろから、年賀状の話題が出るたびに憂鬱ゆううつそうな顔をしはじめるらしい。50音の組み合わせでつくれる意味のある言葉にも限界があるから、難易度は年々上がりつづける。たしかにそれは大変だろうな……と気の毒に思う。

つい先日、実家に帰ったら、「そういえば、なんかAさん寝込んじゃったらしくて……」と父が母に戸惑い気味に話しているのを耳にした。

「え、年賀状で?」「たぶん……」「そこまでだれも求めてないのにねえ……」。笑いをこらえながらしゃべっている両親を横目に、私はひとりAさんに同情せずにはいられなかった。わかる、その気持ち死ぬほどわかるよ。

このコラムは12月23日、クリスマスイブの前日に公開されているはずだ。私のように(そしてAさんのように)、自分で贈りもののハードルを上げてしまってどうにもならなくなっている人が、たぶん、どこかにいるんじゃないかと思う。最後にほんとうに当たり前のことを書くのだけれど、あなたが健やかで楽しくいるのがいちばん大切ですから、あたたかくして今日は早く寝てくださいね。

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      生湯葉シホ
      生湯葉 シホ(なまゆば・しほ)
      ライター・エッセイスト

      1992年生まれ、東京都在住。Webを中心に取材記事の執筆やエッセーの執筆をおこなう。ブログ:yubalog.hatenablog.com Twitter:@chiffon_06

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