ブランド名から「コムデギャルソン」が消えた・・・デザイナー名で勝負する背景

日本のアパレルメーカー「コムデギャルソン」社のブランド、「トリコ コムデギャルソン」(以下・トリコ)が、10月にブランド名を担当デザイナー栗原たおさんの名前である「タオ(tao)」に変更すると発表しました。同社社長で世界的なデザイナーの川久保玲さん(79)が創設したブランドから、なぜ認知度の高い「コムデギャルソン」が消えたのでしょうか?

川久保さんは1969年に「コムデギャルソン」の名で婦人服の製造・販売を始め、73年に会社を設立。81年からはパリコレに参加し、穴のあいた服や裾を切りっぱなしにしたドレスなど、既存の価値やその時代の常識を覆す前衛的なデザインを発表してきました。2017年に、米国ニューヨークのメトロポリタン美術館で大規模な展覧会も開催。これは現役デザイナーの個展としては、1983年のイブ・サンローラン以来2人目という快挙でした。「ビジネスも含めて、デザイン」というのが持論で、社長としてクリエイションと経営を両立し、世界でビジネスを展開しています。店のデザインや、他企業とのコラボレーションも先駆的に行い、ファッションビジネスの世界を生き抜いてきた伝説の存在です。

川久保さんはコンセプトに応じて、社内で約20のブランドを展開してきましたが、その大半に川久保さんの代名詞でもある「コムデギャルソン」の名が入り、世界で広く認知されてきました。ところが今回の変更で、2022年の春夏コレクションから栗原さんが手がける「トリコ コムデギャルソン」が「タオ」になり、同じ社内デザイナーの渡辺淳弥さんが手がける「ジュンヤ ワタナベ コムデギャルソン」も、「ジュンヤ ワタナベ」に変わり、いずれもブランド名から「コムデギャルソン」が消えます。ファッション業界では衝撃のニュースでした。

時代に流されない、コムデギャルソン

ファッションを取り巻く状況は変化しています。コロナ禍で、新作発表の仕方も様変わりしました。オンラインで発表するブランドが増え、ショートフィルムのような動画を制作したり、アバターに新作の服を着せてみせたり、デジタル技術を駆使するケースが増えています。

ファッションデザイナーの活躍の場も多様になり、ゲームやアニメの登場人物の服を作ったり、アーティストのための衣装に専念する人がいたり。芸能人やインフルエンサーがブランドをプロデュースすることも珍しくありません。

そんな中、川久保さんや栗原さんは、服のデザインそのもので勝負し、モデルが作品を着て観客の目の前を歩く生のショーにこだわっています。周りの変化をものともせず、以前と変わらないやり方を貫いてきたコムデギャルソン社や川久保さんが、ブランド名変更という決断をした理由が気になります。

「自分はもう若くない」発言の背景にあるもの

川久保さんから栗原さんに、「そろそろ自分の名前で仕事をした方が、さらに力が入るのではないか」と提案されたことがブランド名変更のきっかけといいます。

川久保さん自身は変更について多くを語りませんが、2020年10月のファッションショーの後のインタビューでは、「自分はもう若くない」との発言をしていました。今回の改名には「デザイナー名を前面に出すことで、より個性を発揮し、飛躍してほしい」と次代を担う栗原さんへの期待と信頼があるのでしょう。

栗原さんへのインタビューからも、その思いが感じ取れます。

川久保さんと栗原さんは同じブランドを担当したことがないため、一緒に服作りをしたことはないといいます。川久保さんが、栗原さんの作った服を目にするのは、毎回、ショーの本番で、栗原さんの服作りに、口出しはしないそうです。「ビジネスも含めてデザイン」の言葉通り、栗原さんは約20年前に担当を始めた当初から、「トリコ」のデザインとともに経営面も任され、ブランドを運営する方法を身に付けてきました。これは渡辺さんも同じだといいます。ずっと前から、川久保さんはそれぞれのデザイナーを信用し、任せてきていたのです。ブランド名変更も、ずいぶん前から予定していたことなのかもしれません。

アバンギャルドなデザインで、その時代の常識を覆してきた川久保さんは、79歳の現在も仕事に精力的で、年齢を感じさせません。時代の変化に合わせず、既存の認知度にも頼らず、常に新たな挑戦をし続ける。ブランド名の変更というできごとからも、創業時から続く、コムデギャルソン社の独自のやり方への自信と強い意志を感じました。

コムデギャルソン社のブランド「タオ」の2022年春夏コレクション(ブランド提供)読売新聞「大手小町」
コムデギャルソン社のブランド「タオ」の2022年春夏コレクション(ブランド提供)

川久保玲の系譜受け継ぐ

ブランドに自分の名を冠することとなった栗原さんに、「さぞ、プレッシャーが大きいのでは?」と聞いてみました。すると「私もブランド(トリコ)で長く経験を積んできました。ブランドをもっと濃くしていかなければならないと感じていたタイミングだったので、改名で自分のブランドとしてやっていくとの思いがクリアになった」と自らの名が付いたブランドを背負う自信を、気負いのない言葉で表現しました。

これまで、「鈍感なまでも周りを気にせず、自分の道を進んできた」という栗原さんですが、川久保さんが毎シーズン発表するコレクションについて、「『何が新しいか、強いか』を念頭に服作りをしている姿に、背中を押されてきた」と話し、刺激と影響を受けてきたことを打ち明けます。

始まりの白

栗原さんの「タオ」として初となるコレクションは、今年10月に観客を招いたファッションショーで披露されました。コムデギャルソンというと黒を基調としたデザインをイメージすることが多いのですが、テーマは「マイ ホワイト」。白やオフホワイトを基調に、オーガンディなど繊細な素材を巧みに操って、ギャザーやフリルをふんだんに使った幻想的な装い。かすみ草のプリントの服、ふくらんだ袖は愛らしく、足元のバレエシューズはチュールに柔らかく包まれ、リボンや金糸で飾られていました。

新作に使った白は、栗原さんが大学でファッションを学んだときの最初のコレクションに使い、コムデギャルソン社の入社面接でも纏った思い入れのある色だといいます。始まりの第一歩となるショーでも自身の勝負のカラーである「白」で挑んだのです。

栗原さんは服作りの着想源を「日常のふとしたこと」といいます。小さな気付きを大切に、チームで話し合いを重ね、形にしていくそうです。

衣・食・住全般において持続可能性が重視される時代です。服も、素材や作り方、着用後の回収、リサイクルに及ぶまで環境への細やかな配慮が求められます。「環境問題も大事ですが、私が作る服は、おしゃれを楽しみたい人、自分を表現したい人に着てもらいたいとの思いが強い」と栗原さん。服は個性を表現するための手段だと考え、「街で強烈な格好をしている人が少なくなっていることは、さみしい」といいます。

「服を通して、ポジティブな気持ちを表現していきたい。自分らしさとは何か、常に問いかけながら服作りをしていく」という栗原さん。今後の創作に注目していきたいと思います。

(読売新聞メディア局 谷本陽子)

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コムデギャルソン社のブランド「タオ」のデザイナー、栗原たおさん 読売新聞「大手小町」
コムデギャルソン社のブランド「タオ」のデザイナー、栗原たおさん (東京都港区で、読売新聞写真部・宮崎真撮影)

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栗原たお(くりはら・たお)
ファッションデザイナー

1973年生まれ。英国ロンドンのセントマーチン美術大学でファションを学び、1998年、コムデギャルソン入社。2002年にトリコ・コムデギャルソンのデザイナーに就任。05年~10年、「タオ・コムデギャルソン」ブランドでパリで新作を発表した。

 

 

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