中華とNHKと矢野顕子の名曲…ガツンとしたエネルギーを与えてくれる料理

NHKのアナウンサーは、中華料理のことを「中国料理」と言います。NHKのみならず他の局のアナウンサーもそうかもしれませんが、「中華」という言葉は、“漢民族が最も優れている。世界の中心は自分達の国”といった思想を表しているからということで、使用を避けているものと思われるのです。

が、おそらくNHKのアナウンサーも私生活においては、

「何食べたい?」

「うーん、中華かな」

「いいねぇ、中華」

などと言っているのではないか。

日本で「中華」といえば、イデオロギー的な意味合いの言葉というよりは、「中華料理」を指す言葉として使用されています。「中華」と略されると、そこには一段と深い親しみが込められるのであり、「中華」と言う時に我々は、その言葉がそもそも何を表すかを忘れているのでした。

それが避けるべき用語であるとしても、

「何食べたい?」

と聞かれて、

「うーん、中国かな」

と言う人はいないし、

「冷やし中国はじめました」

と初夏に掲げるラーメン屋さんも、ありません。「中華」と略された時、それは料理のことのみを示すのであり、その習慣があまりにも定着しているため、今となっては他の言葉を見つけることが困難になってきているのではないか。

もはや「インフラ」

その現象は日本だけに見られるのではないようです。あらゆる国に中華料理店は存在し、地元の料理と混じり合って、その国風の中華料理がある模様。例えばタイ料理のパッタイやら、ベトナム料理のフォーやらも、そういったハイブリッド型料理だとのことであり、特にアジアの国々においては、食文化における中国の影響は大きいのです。

生活の中に当たり前のように存在していて、何ら特別感のない、中華料理。それは日本において、外国の料理でありながら、外国の料理とは捉えられていないむきがあります。

たとえばフランス料理やイタリア料理であれば、おしゃれだったり高級だったりといったイメージと共に語られるもの。またタイ料理やメキシコ料理であれば、カジュアルかつエキゾチックなイメージ。

対して中華はというと、そのどちらも感じさせない料理なのでした。フレンチやイタリアンのレストランのように、プロポーズの場に選ばれたりはしないし、ホテルでメインダイニングを張ったりもしない。かといって、「エスニック」と呼ばれるジャンルにも入らず、濃厚な異国情緒を漂わせたりもしない。昔から日本人との関係が深かったからこそ、おしゃれ感も異国感も漂わせない料理となっているのです。

中華料理がどこの国の料理よりも持っているのは、親しみやすさかと思います。おしゃれすぎて恥ずかしくなるようなお店は少ないし、箸の国同士なので、マナーでビクビクすることもない。外国の料理なのに、「何これ?」と思わせるようなものは出てこない。クラシックな中華料理店で出てくるシューマイもエビチリも既によーく知った味なのであって、職場の宴会でも中華のお店を選んでおけば、たいていの人は文句を言いません。

「町中華」と言われるお店の数々を見ても、「中華」を名乗ってはいるものの、ほとんど我々にとっては定食屋さんのような存在感。わざわざ行くと言うよりは、普段着でふらっと入って、いつもの味をいつものように食べるのが町中華であり、地元の人にとっては、ほとんどインフラの一つと言ってよいでしょう。

もちろん高級中華やしゃれた中華のお店もあるけれど、高級フレンチやらしゃれたイタリアンの店に行く時と比べたら、我々の肩の力は抜けている。同じ東アジアの仲間、という意識がそこにはあるのではないでしょうか。

驚きの発見!

矢野顕子作の「ひとつだけ」は私の大好きな曲ですが、この曲には「中華料理」という言葉が登場します。歌詞にはなかなか登場しづらい言葉かと思うのですが、中華料理を作ることが、「楽しいこと」の一つとして、ここでは歌われているのです。

カラオケではいつも、心を込めてこの部分を歌いつつ「さすが矢野顕子さん、中華の魅力をわかっていらっしゃる……」と思っていたのですが、先日、とある発見をしたのです。矢野顕子のインタビューを読んでいたら、この曲はそもそもアグネス・チャンに提供したものであったため、中華料理との言葉を入れたということではありませんか。

そうだったの! と私は驚きました。アグネス・チャンは香港生まれということでの「中華料理」。しかしアグネス・チャンバージョンはアルバム内の1曲だったためあまり広くは知られず、矢野顕子のセルフカバーや、故・忌野清志郎とのデュエットによって、この曲は名曲として浸透しました。私もこの曲を聴くたびに中華が作りたくなり、そして中華を作ること、そして食べることの楽しさを思い出すのです。

中国系の歌手のために日本人が書いた歌の中に「中華料理」という歌詞が入っているという事実を見てもわかるように、お箸を使う国々は何とはなしに、つながっています。たとえ仲が悪い時期があろうとも、互いの国の料理を食べれば、近い存在であることがすぐにわかるのです。

何かつらいことがあった時は、中華料理を食べると気持ちが上がる私。中華にはガツンとしたエネルギーが込められている気がするのであり、美味おいしいものはいとも簡単に国境を越えていくのです。

きっと私はこれからも、「ここぞ」という時には中華料理を食べるのだと思います。自分の中に華が咲くような気分になるこの料理を食べるたびに、彼の国はぐっと身近に感じられてくるのでした。

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。2021年に「処女の道程」(新潮社)、「鉄道無常」(KADOKAWA)を出版。

 

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