オペラ「蝶々夫人」衣裳に見るジャポニズムの深まり

オペラ「蝶々夫人」(※1)を1904年にミラノ・スカラ座で初演するにあたり、作曲者のプッチーニ(※2)がデザイナーに描かせた衣裳いしょうと小道具の水彩画の原画、57点を展示。当時のジャポニズムの深まりや、プッチーニの日本文化への傾倒ぶりをうかがわせる貴重な資料です。

ジャポニズムの展開と万国博覧会

主役の蝶々さんをはじめ、女中のスズキ、蝶々さんと結婚する米軍人ピンカートンら演者25人の衣裳デザインや衣裳の文様、髪形、舞台の小道具や所作などが細かく書かれています。描いたのはルシアン・ジャスウム。当時、随一の人気デザイナーといわれ、役柄をしっかり踏まえた人物造形が印象的です。一流アーティストにデザイン画を依頼するほど、プッチーニが「蝶々夫人」の上演に注力した様子がうかがえます。

例えば、蝶々さんのデザイン画には「クレープ織りの生地でできたセイバン(=襦袢じゅばん)、あるいは肌着には、青い線の柄が縦に細かく入っている」「刺繍ししゅうが施された絹の着物」「幅広の帯、長さは3メートル」「金、蒔絵まきえ、緑の絹を用いた光沢のある刺繍入り」などと材質やサイズまで指示。「親指だけが分かれている平織りの布でできた白い靴下」と足袋の着用まで指定しています。

オペラ「蝶々夫人」衣装デザイン原画展
「蝶々夫人」第1幕に登場する蝶々さんのデザイン原画/1903年製作 水彩画/JUSSEAUME,(Lucien)THE ORIGINAL DESIGNS FOR THE OPERA 《MADAMA BUTTERFLY》 ON THE FIRST STAGE.Water-colored drawings by Lusien Jusseaume on 1903.

蝶々さんと密接に絡むスズキも「赤い縮緬ちりめんのセイバン」「仕事着のような柄の木綿の着物」「帯は細く、縮緬にくすんだ色の柄が入っている」「サンダル(この場合は下駄)は灰色」と詳細に指定しています。男性の衣裳もリアル。蝶々さんにピンカートンを紹介する結婚斡旋あっせん人のゴローは、「白い麻の襦袢」「絹の色柄ものの着物」「黒い絹製の首巻き」「着物の半分の丈の上着(羽織)」など。

オペラ「蝶々夫人」衣装デザイン原画展
左・スズキ、右・ゴロー/1903年製作 水彩画/JUSSEAUME,(Lucien)THE ORIGINAL DESIGNS FOR THE OPERA 《MADAMA BUTTERFLY》 ON THE FIRST STAGE.Water-colored drawings by Lusien Jusseaume on 1903.

小道具や髪形などもディテールにこだわって正確に描かれており、日本の家屋やインテリア、生活習慣などを詳しく取材していたことが分かります。新国立劇場情報センターの細川かほりマネジャーは「この衣裳や小道具の制作には、プッチーニと貞奴の出会いが影響している」と話します。

オペラ「蝶々夫人」衣装デザイン原画展

オペラ「蝶々夫人」衣装デザイン原画展
髪形、衣裳の文様、舞台小道具及び所作などの指示書訳も一部公開

日本の開国前から浮世絵や陶器などを通じて、欧州の日本趣味は広がっていました。1862年のロンドン万博、67年と78年のパリ万博では、多くの日本の文物が広く紹介され、フランス美術などに大きな影響を与えました。着物や染織物も多くの人をとりこにしました。

さらに拍車をかけたのが演劇です。1900年のパリ万博で公演した川上音二郎一座の川上貞奴は、その美貌びぼうとともに巧みな着物の着こなしでヨーロッパの人たちを魅了しました。万博後に欧州各地で公演した貞奴の舞台をプッチーニは見ており、細川マネジャーは「プッチーニは貞奴から日本女性の声域や声色を学ぶとともに、自殺する女性を演じた『芸者と武士』の舞台からも多くの材料を得たと考えられる」といいます。プッチーニは当時の在イタリア日本大使夫人からも日本のことを取材。日本の音楽の楽譜や風俗習慣まで調べて、「蝶々夫人」を完成させました。

オペラ「蝶々夫人」衣装デザイン原画展
情報センターでは展示に合わせて、「蝶々夫人」に関する書籍を、海外のものも含めて広く紹介しており、歴史的舞台の写真なども楽しめる

「蝶々夫人」の舞台資料は、欧州の異国趣味を示す言葉としての「ジャポネズリ」から、日本を正確に理解し、描こうと試みる本格的な「ジャポニズム」への移行をわかりやすくみせてくれます。「蝶々夫人」はその象徴的な作品といえるでしょう。

(※1)「蝶々夫人」 世界各地のオペラハウスで上演される屈指の人気オペラ。長崎を舞台に、没落士族の娘である蝶々さんと、アメリカ海軍士官ピンカートンの恋愛とその悲しい結末を描いた。

(※2)ジャコモ・プッチーニ(1858~1924) イタリアを代表するオペラ作曲家。「ラ・ボエーム」「トスカ」「トゥーランドット」などの名作で知られる。

(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)

新国立劇場情報センター所蔵品展 オペラ『蝶々夫人』 初演時の衣裳・小道具デザイン原画展 ~百十余年の時を経て、蝶々さんとジャポネズリ~

会場 新国立劇場5階情報センター閲覧室(東京・初台、京王新線「初台駅」中央口直結
会期 2021年12月26日(日)まで
開場 11:00~17:00
休室日 月・火曜日(祝休日及び主催公演日は原則として開室)、特別休室日
入場無料 問い合わせは新国立劇場(03-5351-3011)

新国立劇場情報センターの同展紹介記事⇒

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