遣唐使も感動した? 京都に残り続ける唐菓子

京都でたまに買うお菓子に、八坂神社前の和菓子店「K」で作られている「清浄歓喜団せいじょうかんきだん」というものがあります。名前だけを見ると、大喜びしている清浄な乙女の集団、のような図が想起されますが、このお菓子は、さほど華やかな外見ではありません。高さ7〜8センチほどの、茶色いきんちゃく袋のような物体なのです。

和菓子店で売られているけれど、名前も見た目も、和菓子っぽくないそのお菓子。それというのも清浄歓喜団は、奈良時代に唐から入ってきた「唐菓子」なのでした。

当時の最先端の地である唐に行ってきた日本人は、多くのものを日本にもたらしました。磁器などの工芸、仏典から政治の制度まで、様々な物品、技術や知識が持ち帰られた中で、唐の食べ物もまた日本に入ってきたのであり、唐菓子もその一つ。

ちなみに「団」とは団喜だんき(団子)の意味なのだそうです。日本に入ってきた当初は、寺院で僧侶が作り、供物として使われていたこのお菓子は、江戸時代頃に次第に菓子職人によって作られるようになり、今に続いているとのこと。

日本人好みにあんを入れた日唐コラボ菓子

ニッキ等のスパイス、というか抹香っぽさを効かせたあんを、小麦粉を練った皮できんちゃく状に包み、油で揚げたこのお菓子。きんちゃくの口のひだ部分は、きれいに整えられていて、その辺りのムードが“中華感”を醸し出しています。遣唐使派遣当時、小麦を粉状にする技術は日本にはなかったそうなので、この手の形状は日本人を感動させたことでしょう。

清浄歓喜団は、味もまた個性的です。一口かじると、スパイスの香りが仏教っぽさと異国のムードを伝えた後に、こしあんの上品な甘さが続きます。そして何より、胡麻油の風味が我々に、「唐」を感じさせてくれるのでした。

唐から伝えられた時にはあんこではなく果物類が入っていたようですが、途中から中身がこしあんになったというこのお菓子。おそらく日本人は、「あんこを入れた方がおいしい」と思って、中身を変えていったのでしょう。

すなわちこれは、唐から伝来して長い時がたつうちに日本人好みに変化してきた、日唐のコラボ菓子なのでした。中華街に行くと、中華菓子の類がたくさん売られていますが、清浄歓喜団は、日本で食べることができる、最も古い歴史を持った中華菓子なのかも。

茶色いきんちゃくをひと口かじれば、カリッと揚げられた小麦粉の皮の硬さと香ばしさに対して、中の餡はしっとりと柔らかい。その対比がおいしくて、清浄歓喜団は珍しいだけでなく、味としても好きなタイプのお菓子です。比叡山などにおいても、お坊さんたちはお供物がお下がりになるのを楽しみにしていたのではないでしょうか。

「K」にはもう一つ、「餢飳ぶと」という唐菓子があります。こちらは、餃子のような形の皮に粒餡が入っていて、清浄歓喜団と同様、油で揚げられているのでした。餢飳もまた遣唐使由来のお菓子ですが、こちらは主に神社にお供えされていたのだそう。神社へのお供えなので、こちらのあんこからはスパイスの香りはせず、懐かしい感じがする味なのでした。

清浄歓喜団と餢飳、それぞれのおいしさがあるのですが、ある時「あんこの本」(姜尚美著)を読んでいると、奈良市のM堂という和菓子店には、「ぶと饅頭」というお菓子がある、と書いてあったのでした。それは砂糖がまぶしてある揚げドーナツのようなものなのですが、よく見るとその形は、「K」の餢飳と同様、餃子型ではありませんか。

同書によると、遣唐使が伝えて以降、春日大社では「ぶと」を神職が作って、お供えしてきたのだそう。しかしそれはあまり美味しいものではなかったらしく、M堂の先々代が「より美味しいものを」と発展させたのが、ぶと饅頭だとのこと。元々は神職が作っていたけれど和菓子職人が作るようになってあんこが入ったという流れは、Kの清浄歓喜団と同様です。

京都に、そして奈良に「ぶと」の名がついたお菓子が今も残されていることに、私は感動したのでした。遣唐使たちは、唐において様々な事物に目を見張ったことでしょうが、かの地の食べ物にもまた、感動したに違いありません。そして「これを日本の人々にも食べさせてあげたい」と思って、作り方を習ったに違いない。それが今も、京都や奈良において残り続け、私たちも口にすることができるのですから。

「外カリ中ジュワ」食感を伝えてくれてありがとう

遣唐使が持ち帰ってレシピで唐菓子を再現した時、小麦粉の皮を揚げた食感は、日本人をおおいに驚かせたのではないかと思います。今でこそ我々は、練った小麦粉の水分が熱した油分によって抜かれ、カリッとしたりサクッとしたりする妙味を熟知していますが、当時の日本人は、初めてその食感に出会ったのではないか。

今、おいしいものの代名詞として「外はカリッ、中はジュワ(もしくは、中は『しっとりジューシー」、中は『もちもち」など)」という言い方があります。焼き餃子などがその代表的食べ物であるわけですが、もしかすると清浄歓喜団や餢飳は、日本で初めての「外はカリッ、中はジュワ」食感だったのではないか。「外カリ中ジュワ」の美味しさを我々にもたらしたのは、遣唐使だったのです。

嗚呼、ありがとう最澄、ありがとう空海。……と思いつつ清浄歓喜団をかじれば、遥か唐へと旅立った、いにしえの人々の感動が、甘さと香ばしさとともににじみ出るかのよう。さらには餢飳にもかじりつき、餃子型の食べ物がいつの時代も我々に与える多幸感を噛みしめたのでした。

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。2021年に「処女の道程」(新潮社)、「鉄道無常」(KADOKAWA)を出版。

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