「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」展 リアルとフィクション、融合の愉楽

文豪・谷崎潤一郎(1886~1965)の波乱万丈の生涯を振り返りつつ、作品の登場人物や、谷崎とその家族の着物に注目したユニークな展覧会。弥生美術館の中村圭子学芸員は「谷崎は着物に対するこだわりの強い作家で、衣装は登場人物のキャラクター表現の一端を担っている。谷崎の文学的達成やその一生を考える上で、着物の要素は欠かせない」と話します。同館では2016年に「耽美たんび・華麗・悪魔主義 谷崎潤一郎文学の着物を見る」展を開催。主要作の登場人物の衣装を挿絵や着物、モデルになった人物の写真などで紹介する試みを行っており、今回はその発展形になります。

着物から立ちあがる谷崎の世界観

展示のメインは、作品の登場人物の装いを、アンティーク着物の著名なコレクターである田中翼氏の協力で再現したもの。谷崎の代表作「細雪」は映画化などの際も、ヒロインである四姉妹の華やかな装いが一番の見どころになります。

谷崎潤一郎・着物展
左から鶴子、幸子、雪子、妙子をそれぞれイメージした秋の装い

芦屋の街をそぞろ歩く姿が目に浮かぶよう。その見合い話をめぐって物語を動かす存在である三女の雪子は、おとなしいが頑固で自分を変えないキャラクターに合わせ、色を変えない植物の万年青おもとを訪問着、帯、帯留めにあしらう凝りようです。

谷崎潤一郎・着物展
雪子をイメージした着物/「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」(東京美術)から 田中翼アンティーク着物コレクション(撮影・大橋愛)

絢爛けんらん豪華ながらひとつの文化の終焉しゅうえんを濃厚に漂わせるストーリーと、眼前のリアルな着物が組み合わさることで様々なシーンが脳裏に浮かぶ楽しみ。谷崎ファンにはたまらないでしょう。作品を読んだことのない人でも、逆に着物から谷崎の世界観に興味を持ちそうな構成になっています。

花街の女性が着る粋なデザイン

大正5(1916)年と、比較的初期の作品である「神童」。抜群の成績で「神童」と呼ばれる少年・春之助が、花街の女性たちに崇拝とも言える感情を抱く。春之助には、谷崎本人の少年時代が投影されているのでしょう。この着物は閻魔えんま大王が裁く地獄と、天女の住む極楽が対比された構図。花街の女性が着るにふさわしい粋なデザインです。

「神童」の中には、「燃えたつばかりな友禅の長襦袢じゅばん」に花街の女性が袖を通すシーンを想像し、春之助がその美しさに戦慄せんりつする場面があります。谷崎作品には衣類に関して細かく形容する表現が頻出します。

谷崎潤一郎・着物展
左・「神童」の芸者衆をイメージした着物、右・「神童」の半玉をイメージした襦袢/「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」(東京美術)から 田中翼アンティーク着物コレクション(撮影・大橋愛)

「痴人の愛」のナオミといえば谷崎作品でも一、二を争う人気キャラクター。小悪魔的で男を破滅させる存在です。当時、「ナオミズム」という流行語を生み出し、モダンガール(モガ)の先駆けとなりました。谷崎の当時の妻である千代の妹、せいがモデルとされています。この着物も水玉の大胆なデザインに、アール・デコ調の鳥の帯を合わせ、奔放なナオミを彷彿ほうふつとさせます。

谷崎潤一郎・着物展
「痴人の愛」のナオミをイメージした着物/「谷崎潤一郎をめぐる人々と着物」(東京美術)から 田中翼アンティーク着物コレクション(撮影・大橋愛)

さらにモダンな装いの表現もあります。大正11(1922)年の戯曲「本牧夜話」。日本人とポルトガル人の間に生まれた弥生は「メリンス友禅のキモノに耳飾と頸環をつけ、白足袋にダンスの草履」という出で立ちで描かれています。実際に再現すると、とてもおしゃれで魅力的ですが、今でも、この装いで街を歩いたら「着物警察」がみついてくるかもしれません。

谷崎小説の挿絵を展示

谷崎の生涯を描いた絵も、着物と並んで展示の見どころとなっています。小説家・中河與一は1956年から59年にかけて、「主婦と生活」に谷崎の生涯を書いた小説「探美の夜」を連載。この際、田代光が描いた挿絵を展示しており、その画力には驚かされます。

谷崎潤一郎・着物展
「痴人の愛」のナオミのモデルとされる、せい。エキゾチックな容貌で女優としても活躍した。谷崎と一時、深い関係になる。東京文化振興会 鶴岡義信蔵

作品のわいせつ論争のみならず、私生活でも物議を醸した谷崎。中でも妻の千代をめぐり、親友の佐藤春夫とトラブルになった「小田原事件」「妻譲渡事件」は有名です。派手に報道されただけではなく、互いに事件を題材にした作品を発表し続け、心情を表明し合った点でも文学史上、まれな出来事といえるでしょう。挿絵はこうした事件もつぶさに描いており、興味をそそられます。

展示では谷崎とその家族が袖を通した着物や、身の回りの品も展示されており、その暮らしぶりがリアルにうかがえます。3人目の妻で、谷崎の最期を看取った松子夫人の着物は、染色作家の稲垣稔次郎が松子夫人のために制作しました。

谷崎本人の着ていた長襦袢も展示されていて、デザインは何と最近、人気の高い大津絵です。このあたりにも鋭敏なセンスがうかがえます。

谷崎潤一郎・着物展
左・青楓文様の透ける素材で、グラデーションがさわやか/青紅葉着物 個人蔵。右・『大津絵』長襦袢 上原誠氏蔵

コンパクトな弥生美術館の展示ながら、見応えのある内容。日本画の大家、小倉遊亀の「細雪」挿絵もあります。着物は11月17日(水)より後半の展示替えが予定されています。図録は美しい着物の写真が満載で、谷崎の業績に関する記述も詳しくおすすめ。中村学芸員は「谷崎の文学を知らなくても十分に楽しめると思います。文学や着物に親しむきっかけとして、気軽に足を運んでいただければ」と話しています。

(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)

谷崎潤一郎をめぐる人々と着物 事実も小説も奇なり

会場 弥生美術館(東京都文京区弥生、東京メトロ千代田線「根津駅」より徒歩7分、同南北線「東大前駅」より徒歩7分、JR「上野駅」より徒歩25分)
会期 2022年1月23日(日)まで
開館 午前10時30分~午後4時30分(入館は4時まで)
休館日 月曜日、火曜日、12月27日~1月3日(※11月23日、1月10日は開館)
料金 一般1000円、大・高生900円、中・小生500円(事前予約制)

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