「おソファー?」言葉遣いにも神経すり減らすお受験と女性の生き方

筆者は自分が育ったドイツ、そして現在暮らしている日本を比べながら様々な違いを見つけるのが好きです。ファッションや食べ物のように、パッと目につく違いもあれば、長くその国に住まないと見えてこない違いもあります。最近、「子供のお受験」を経験した女友達と話していく中で、「そんな世界があるんだ」と驚きました。今回はニッポンのお受験制度にスポットをあてながら、ドイツの学校とも比べていきます。

求められるのは、状況を把握できる冷静な子供?

小学校を受験する「お受験」では、自分の好奇心に忠実な子供よりも、大人の意図をくんで冷静に判断できる子供が好まれるようです。子供のお受験に詳しい女友達の話では、ある私立の小学校は受験日に、子供たちに人気のキャラクター「すみっコぐらし」のぬいぐるみが廊下に置いてあったそうです。そのぬいぐるみを見かけた子供が駆け寄って「うわー! すみっコぐらしだー!」と騒いだり、お友達とはしゃいだりすると、不合格となってしまうのだとか。「先生の指示に従い静かに廊下を歩き、『すみっコぐらし』をスルーできる子」が重宝されるとのことです。

また、ある小学校では、協調性を見るため子供たちに滑り台を滑らせると聞きました。たとえ自分が早く滑りたくても、お友達に先に「どうぞ」と言える子が「よし」とされます。座って、前を向いて滑るという「普通の滑り方」では飽き足らず、クリエイティブになり、仰向けやうつぶせの体勢で滑ったりする子供は、その学校では「個性的すぎる」「協調性がない」として落とされる傾向にあるとのことでした。

「おソファー」という新語

お受験の世界では、子供の生活態度全般が評価されるため、普段から親は子供の言葉遣いに気を付けなければいけません。お受験では「日本語で言えるものは日本語で」と考える向きもあり、「ピンク」よりも「桃色」、「オレンジ」よりも「だいだい色」を使うことが良しとされるのだとか。筆者も、日本語で言えるものは日本語で言いたいと考えており、カタカナはできるだけ使いたくないため、これには共感してしまいました。

でも、英語のなかでもカタカナで表現することが浸透しているために、日本語では言いにくい言葉もあります。たとえば、「ソファー」という言葉を日本語でいうと「長椅子」ですが、あまり浸透していません。子供がお受験教室に通っていたという女性がビックリしたのは、そこに通う子供たちやそのママたちが「ソファー」のことを「おソファー」と言っていたこと。「『椅子」は『お椅子』と言うのよね。単語に『お』をつけることが本当に多くて、『お』はある意味、英語の『ザ』みたいな感じ」と話していました。

ちまたでは、子供たちのあいだで「うんこドリル」が流行っていますが、前述の女友達に聞いてみたところ、言葉遣いが重視されるお受験界では、「うんこドリル」に言及するのは暗黙の了解で「ダメ」なんだそうです。

「お受験」と「良妻賢母」

娘さんをとあるお受験教室に通わせていた女性は、「エプロンを後ろで結べるようになるために、子供が教室で一生懸命練習をした」と話しました。これを聞いて筆者は、「エプロンの後ろ結びを練習させるのは、女の子に将来『良妻賢母』になってもらうためなのかな」なんて思ってしまいました。エプロンと良妻賢母を結び付けて考えるのは早合点だという見方もできますが、そうはいっても「エプロンを後ろで結べるように、女の子が練習する」というところに、「良妻賢母的な何か」を感じるのです。ママたちの服装に関しても、最近はパンツ姿も一部で見られるものの、やはりスカートが一般的であり、「スカートは、膝が隠れる丈のものを」というのがお受験界では暗黙の了解なのだそうです。

そして面接の際に、「どんな食べ物が好きですか?」と聞かれたら、「お母さんが作った〇〇が好きです」と答えるのが模範的な回答だというのです。料理もそうですが、子供が体操着を入れるきんちゃく袋を手作りするなど、「お母さんの手作りであること」が大事にされているようです。

子供をお受験させたある女性は、「掃除が話題に上がった時には、『ルンバ』のような最新の家電に言及することはあまり好ましくなく、掃き掃除や拭き掃除をお母さんが自分でしていることが重視される」のだと話します。表向きは、あくまでも「家電には頼りません」という姿勢を見せることが求められるわけです。

かつて子供をお受験教室に通わせていた前述の女性は、「子供がうっかり『この〇〇はお母さんが出張で買ってきてくれたの』と発言してしまって、ヒヤッとした」と語りました。というのも、ママたちの間では「仕事を持つお母さん」よりも、「子供のものを手作りする専業主婦のお母さん」がいわば「デフォルト」とされていたからです。お受験の際に、仕事を持つママが学校から「学校の行事などでお母さん方に手伝ってもらうことも多いですが、仕事をやめることはできますか?」と面接で聞かれることもいまだにあるのだといいます。ただそうはいっても、昔と比べると今は「働くママ」も増えてきているのだとか。

女友達に「お受験ママの間で、これをやったら絶対にアウトなことってある?」と聞いてみたところ、「プライベートだからといって、夏にビーサンで歩いているのを見られたら、やっぱりアウトかな」とのことでした。「普段の生活でもキチンとしていること」が重視されているのでしょう。「お母さんのあるべき姿」について前述の「手作り」といい「ひざが隠れるスカート」といい、なんだか昭和の時代にタイムスリップしているように筆者には思えました。

ドイツの独特な学校システム

筆者の出身のドイツには「お受験」のような制度はありません。ドイツの学校には「入るため」の試験がなく、「卒業」の際の試験があるのが一般的で、これは公立校も私立校も同じです。

日本と比べるとドイツでは、「私立学校」の数そのものが少ないです。興味深いのは、ドイツでは私立というと、放課後に宿題の面倒も見てくれる学校や、平日は寄宿舎に寝泊まりする学校が好まれる傾向にあることです。つまりドイツで子供を私立校に入れる親は、自らの仕事が多忙で子供の面倒を見る時間がないから私立校に入れるという側面もあるのです。

でも日本の場合は、たとえばお受験を経て子供が私立校に入ると、親が子供の学校用の物を手作りしたり、親が学校行事に参加したりと、入学後に「親が学校とかかわっていくこと」が求められるので、ドイツとかなり違うなと感じました。

ドイツの人から見ると、ニッポンの「お受験」は不思議です。でもドイツの学校のシステムも日本人から見ると、かなり独特なのです。

ドイツの小学校は4年間しかなく、卒業する1011歳ぐらいの年齢で、子供たちは「将来に関する重大な決断」を迫られます。将来大学に行かないと就けないような仕事を希望する子供は、5年生から「ギムナジウム」という学校に通い、8年後にギムナジウムの卒業試験であるアビトゥーアを受けます。この卒業試験に受かれば、そのまま大学に行けます。逆に職人を目指すなど「将来大学に通う予定がない子供」は小学校4年生を卒業後にハウプトシューレという基幹学校に5年間通った後、10代で職に就くのが一般的です。

10歳で職業を考えるなんて…

このドイツの制度について日本人に話すと、「たった10歳で将来の職業のことを考えなければいけないなんて、大変」と言われることが多いです。ドイツでは「将来の仕事に役立つ学校に早くから通ったほうが合理的である」と考える人も多い一方で、近年ではこのシステムを疑問視する声もあります。10歳だと、子供の意思よりも親の意思が尊重されがちで不公平ではないのかという意見が多く聞かれるようになったのです。先日親ガチャについて書きましたが、子供の成績が良く可能性がたくさんあるのに、子供の選択肢を狭める判断をする親も確かにいるからです。

また、別の問題も指摘されています。ドイツでは小学校4年生の時点で成績優秀だと、子供をギムナジウムに入れる傾向があります。ところが「特に良くもなく、かといって悪くもなく、平均的な成績」である場合、「ギムナジウムか」「ハウプトシューレか」の判断が難しい場合があります。そんななか、子供が同じ成績であるのに、トルコ等「移民の背景を有する子供」に対しては、先生がハウプトシューレを薦めがちである一方で、「移民の背景がないドイツ人の子供」にはギムナジウムへの進学を薦めがちであるということが調査で明らかになり、一部の先生の判断にバイアスがかかっていることが問題視されているのです。

また、面談で親の職業を知った先生が、「親がこういう職業なら、子供も将来こういう職業に就くはず」と先入観を持つことも少なくありません。このように、「先生が子供の出身国や親の職業によって、子供の将来について早合点してしまい、子供の選択肢を狭めてしまう」ということが、最近、ドイツのメディアで取り上げられるようになりました。日本で「ヨーロッパは階級社会」という発言を聞くことがありますが、ある意味当たっていると思います。

ニッポンの「お受験」について、「小学校に上がる前の子供にそこまで努力させるのか」と驚く一方で、ドイツのように「将来の職業」まで考えて決める必要はないので、そこは気楽だなと思いました。現にお受験に成功し、私立の小学校に入った子供がその後、「のびのびと学校生活を楽しんでいる」という話もよく聞くのです。「子供が思春期に差し掛かる10代の『難しいお年頃』に受験をさせるよりも、小学校に上がる段階でお受験をさせて、あとはのびのびと学校生活をおくらせてあげたい」という親の気持ちはよく理解できます。

どの国の学校制度もプラス面とマイナス面があるため、単純に「これは良い」「これは悪い」と言えるものではありません。ただ、その国の学校を考察することで、その国に暮らす人の「考え方」や「文化」は見えてくるのではないでしょうか。

あわせて読みたい

サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト

ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住23年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。ホームページ「ハーフを考えよう!」。著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「体育会系 日本を蝕む病」(光文社新書)、「なぜ外国人女性は前髪を作らないのか」(中央公論新社)。


購入はこちらから↑

Keywords 関連キーワードから探す