中国の精進料理「普茶料理」を京都のお寺で味わう  

紅葉にはまだ早いけれど、秋の京都に行ってきました。京都ではコロナ第5波が収まった後、修学旅行生の姿が次第に増えています。コロナ時代となって以降、修学旅行生や外国人観光客がいなくなった京都を「静かでいいわ」などと思うこともありました。しかし無邪気に旅行を楽しむ中高生の姿を久しぶりに見ていると、

「修学旅行、中止にならなくてよかったね」

と、言いたくなってきます。

思い起こせば私も、初めて京都を訪れたのは、高校の修学旅行においてでした。歴史には全く興味がなく、ポカーンと景色を眺めていただけの私ですが、一か所だけ「ここ、好き!」とはっきり思ったことを覚えている場所が、宇治の萬福寺です。

萬福寺は、黄檗宗おうばくしゅうというあまり馴染なじみのない宗派の大本山です。今も記憶に残っているのは、境内に足を踏み入れた時に感じた、普通のお寺とは、どこか違うムードでした。建物が左右対称に配置されていたり、建物の飾りが独特であったりと、そこはかとなく異国情緒が漂っていたのです。

それというのも黄檗宗は、1600年代の半ばに、明朝時代の中国からやってきた隠元禅師いんげんぜんじが開いた禅宗の一派であり、伽藍がらん群は中国の様式で建てられているのでした。桃や蝙蝠こうもりといった中国の吉祥模様が伽藍の意匠に使われてもいて、京都にいながらにして、明の時代にトリップしたような気分になってきました。

このお寺では、隠元禅師が伝えた普茶料理、すなわち中国の精進料理を食べることもできるようでした。当時から中華好きであった私としては「食べてみたい!」と思ったものの、修学旅行中の高校生にそのような自由は許されません。「いつか必ず戻ってきます……!」と隠元禅師に誓って、寺を後にしたのです。

油が多め「やっぱり中華」

それから20年近くの時がった頃のこと。とうとう私は再び、萬福寺を訪れる機会を得ました。すでに大人になっていた私は、もちろん念願の普茶料理を予約してから、赴きます。

萬福寺の中国風の雰囲気は、修学旅行で訪れた時と変わっていません。じゅうぶんに堪能してから、いよいよ普茶料理をいただきました。

色とりどりの美しい料理が大皿に並ぶ様子は、長崎の卓袱しっぽく料理と似ています。それもそのはず、普茶料理をベースにして卓袱料理がつくられたという説もあるのだそう。 

しかしお寺で作られる普茶料理では、卓袱料理のように肉や魚は使用しません。うなぎやら鶏の唐揚げのように見えるものが、実は植物性の素材で作ってあったりするのが楽しいところ。

野菜をいためて葛で煮たものは、「雲片うんぺん」という料理でした。そもそもは、くず野菜を集めて作ったというこの料理。食材を無駄にせずにおいしく食べる普茶料理は、エコでありつつ身体にも優しい、現代人好みの料理なのでした。

それらを食しつつ、「これもまた、中華料理」と私は思ったことでした。日本のお寺にも精進料理を供するところはありますが、普茶料理は日本の精進料理より、もっと積極的に油を使用しています。中国から日本に渡ってきた僧侶が伝えた料理は、それから350年以上経った今もなお、“中華感”を残し続けているのです。

あんかけ愛が広まったきっかけ?

そんな中で雲片を食しつつ私が思ったのは、「何だかこれは、京都感が強い」ということでした。この料理のあんかけ具合が、お寺の外の京都の食べ物と一脈通じているように思われたのです。

京都の人ってあんかけが好きだなぁと、かねて私は思っていました。うどん屋さんでは、おろし生姜しょうがだけがトッピングされて、具材なしのとろみがうどんを覆う「あんかけうどん」がメニューにあります。また「たぬきうどん」は、東京のように揚げ玉がのっているのではなく、刻んだ油揚げと九条ねぎが、あんかけ仕立てになっている。また和食のお店においても、冬の定番であるかぶら蒸しにかかっているのは、とろりとしたあん。

底冷えのきつい盆地だからこそ、身体を温めるために保温性の高いあんかけを料理に多用するのだとは思います。しかし京都の人があんかけ好きな理由はそれだけでないのかもしれません。すなわち、普茶料理が中国から伝わったことによって京都の人があんかけの魅力に目覚め、それまで食べられていた普通の料理にも、あんかけが広まっていったのではないか……、などと夢想が膨らむ。

もちろん、日本でも古くから葛は食されていたのであり、私の夢想は仮説に過ぎません。しかし、もしも普茶料理から京都にあんかけ愛が広まっていったのだとしたら、と考ると、さすがメトロポリス京都であることよ、と楽しくなってくるではありませんか。

萬福寺は創建当時、京都の中の小さな中国だったのでしょう。そして今も、京都という都市が中国と様々な結びつきを持っていたということを示す地であり続けているのです。

ここしばらくは、萬福寺を訪れていない私。雲片の味などと思い起こしつつ京都の街を歩いていたら、足元からじわじわと寒さが伝わってきました。ちょうど目の前には、うどん屋さん。小腹も空いてきたことですし、生姜の利いたあんかけうどんでも食べて、温まることにいたしましょうか。

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。2021年に「処女の道程」(新潮社)、「鉄道無常」(KADOKAWA)を出版。

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