体が喜ぶきのこ鍋、中国ならではの忘れられない味わいと香り

秋本番。コロナも落ち着いてきたということで、週末にきのこ狩りの旅へと行ってきました。

所は、信州。宿の近くの森に入って、ひたすら地面を眺め、きのこを探します。松の木の根元には松茸まつたけが生える等、特定の木の根元に特定のきのこが生えるのだそうですが、もちろん松茸を発見できるわけもありません。きのこが好きな私ではありますが、きのこを見る目は、まるでない。目についたきのこは全てとってみるという手法で、きのこ狩りを楽しんだのです。

宿に戻ったなら、とってきたきのこを全て宿のご夫妻に見せると、エキスパートであるご夫妻は、

「これは、少しでも食べたらもう、トイレから一晩出て来られないやつね」

「これは、いい気分になっちゃうやつ」

などと、次々とより分けてくださいます。結果、食べられるきのこと判定されたのは、全体の1割ほど。

打率の低さにがっかりしつつも、夕食は楽しみにしていたきのこ鍋です。見たこともない種類のきのこがどっさりと用意され、その中には私達がとってきたきのこが少しだけ、交じっている。

シャキシャキとかコリコリなど、様々な歯ごたえが堪能できる、きのこ達。きのこはローカロリーですから、いくら食べても罪悪感が募らないのも、よいところです。和風のだしにはきのこの味がたっぷりと抽出されて、だしがしみこんだ最後のうどんもまた絶品……。

他にもきのこの天ぷらや酢の物、和え物なども食べ、普段の1ヶ月分ほどのきのこを摂取した私でしたが、その時に思い出していたのは、中国で食べたきのこ鍋のことでした。「和風もおいしいけれど、中華風もいいよね……」と。

こんなきのこ見たことない

あれは中国からチベットのラサへとつながる、青蔵鉄道に乗りに行った時のこと。鉄道に乗る前、青海省の西寧という街で、私はきのこ鍋を食べたのです。

日本では馴染みのないきのこが入った鍋のだしは日本のそれとは異なり、サラサラだけれどコクが強くてとてもおいしかったことを覚えています。この辺りは自然が豊かで、野生のきのこが豊富に生える土地なのだそうではありませんか。

西寧で食べたきのこ鍋の味が忘れられなかった私ですが、しかしその頃の日本では、中国のきのこ鍋を食べることができるお店は、私の知る限りではあまりなかった。日本に戻ってきた後も、「中国のきのこ鍋をまた食べたいな……」と思いつつ、日々を過ごしていたのです。

すると、その何年か後のこと。「銀座に、『G房』という中華のきのこ鍋の店ができた」という噂を、私は耳にしました。さっそく行ってみるとそのお店は、意外なことに新しいビルの上層階に位置し、素敵なインテリアの高級中華だったではありませんか。

西寧で食べた時は、ごく庶民的な鍋料理だった気がするのだが……と思いつつも、鍋の魅力には抗えずにメニューをめくってみると、そこは雲南料理のお店ということだったのでした。雲南省といえば、中国におけるきのこの本場。メニューには、山伏茸やまぶしたけ、こけし茸、鮑茸あわびたけ白霊茸はくれいたけ……と、様々なきのこが掲載されていて、全て食べてみたくなりますが、予算の関係でお手頃なセットメニューをチョィスします。

羊肉を入れてみると

青海省も雲南省も、中国の中では共にチベット寄りの地であり、あの辺りでは羊肉がよく食べられています。西寧で食べたきのこ鍋にも、羊肉が入っていた記憶があるので、たんぱく質には羊をチョイス。

鍋が煮立ったので一口食べてみると、私の記憶の中のとある部分が、激しく刺激されました。西寧近郊で羊を追っていた、少女。抱っこしてみた子羊の温もり。そしてあの時に食べた、きのこ鍋の味‥‥。それらが一気によみがえってきたのです。

もちろん銀座のきのこ鍋は、西寧で食べたそれよりもずっと洗練された味わいでした。しかしやはりその味と香りは、中国の西側のもの……。

あっという間に食べ尽くし、締めとしてだしに麺を投入。するとやはり、きのこの香りをたっぷりと麺が吸い、何とも豊かな味わいになります。麺であれ雑炊であれ、鍋のシメを卵でとじて香りを消してしまう人の気がしれない……などと思いつつ、ツルツルと麺をすすったのでした。

このお店にはまた来なくっちゃあ、とぱんぱんのおなかをさすりながら帰途についた私なのですが、不思議なことに家に到着する頃には、そこはかとない空腹感のようなものを覚えていました。きのこはローカロリー、なだけではなく消化も良いので、あっという間に消化されていったようなのです。

チョコレートなどをつまみたくなったのですが、「ここでおやつを食べてしまっては、きのこを食べた意味がない」と、グッと我慢。そのまま寝ると、翌朝にはいつもよりツヤツヤな顔が鏡に映っていたのは、気のせいというものなのか。

身体にとても良い食べ物であるきのこは、身近に生えている割には、その生態が知られていません。植物かと思えばそうでもなく、動物でもないという不思議な「菌」が、きのこ。中国にも日本にも、そしてもちろん他の国にも、その不思議さに取りかれた人はたくさんいるのであって、きっと私もまた、きのこ狩りへ、そしてG房へと行ってしまうことでしょう。

あわせて読みたい

酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。2021年に「処女の道程」(新潮社)、「鉄道無常」(KADOKAWA)を出版。

Keywords 関連キーワードから探す