「時代のムード」に上書きされないために

むかし、年上の知人に聞いたあるロックフェスの話が忘れられない。
「最近はどんな音楽が流行はやってるの?」、とその人に聞かれて、私は周りの友だちが聴いている音楽や、その年の夏にたフェスの出演者のことをぽつぽつと話していた。彼は初めて知ったアーティストの名前をどこか楽しそうに、一人ひとりYouTubeで丹念に調べたあと、「僕もむかし、『箱根アフロディーテ』っていうフェスに行ったことがあって」とつぶやく。その言葉を聞いて思わず、「アフロディーテ!」と叫んでしまった。

「箱根アフロディーテ」は、今から50年前の1971年8月6日、7日の2日間、海外のアーティストを初めて招いて開催された、野外ロックフェス。特に、イギリスのロックバンド「ピンク・フロイド」が初来日して、ヘッドライナーを務めたイベントとしてよく知られ、私もそのフェスのことは雑誌やテレビを通してうっすらと聞いたことがあった。

「ピンク・フロイドのステージ観たんですか?」。私がどきどきしながら聞くと、「あんまり見えなかった」と彼。たしかに、アフロディーテは2日間にわたって天候に恵まれず、ピンク・フロイドの演奏時には幻想的な濃霧が立ち込めていたという話(ちょっとよくできすぎているエピソードだ)は、なにかで読んだことがある。「ほんとうにそうだったんだ」と貴重な歴史を知る人にインタビューをするときのような気持ちでうなずくと、「なぜかそのとき、ステージの端に座っていて……」と彼が言った。

「座っていた? ピンク・フロイドと同じステージにってことですか?」。わけがわからないと思って聞きなおすと、彼も「わけがわからないんだよ」と笑う。スタッフに注意もされなかったし、ほかの人たちも座っていたし、ピンク・フロイドが立っているあたりと霧めいた箱根の山並みを交互にステージの端から見ながら「原子心母(Atom Heart Mother)」を聴いていた、と。「なんだったんだろう。そういう時代だったとしか言いようがない」と彼は言った。

ほんとうに「そういう時代だった」のか

ミラーボール
画像はイメージです

よくも悪くも、いまの価値観や倫理観からはちょっと考えられないような過去のできごとについて語るとき、「そういう時代だった」という言葉はよく使われる。

たとえば、私の両親はバブル世代で、母は若いときにはもっぱら六本木のディスコで踊っていた人だし、父は男性向けファッション誌「POPEYE(ポパイ)」に載りたい一心で、サーフボードを持って湘南をウロウロしていたという人なのだけど、当時の話(赤プリで結婚式を挙げたとか、タクシーは1万円札を見せないと止まってくれないとか)をしてくれるとき、「まあ、そういう時代の空気があったんだよ」と決まって言う。

けれどつい最近、母や父と同世代のご夫婦とお話をしていたら、「バブルの空気なんてほとんど感じたことないよ」と笑いながら言われて驚いた。「それは東京の話だね」とその方々に言われ、ああそうか、とはっとする。私がいちばん身近な大人たちの話を鵜呑うのみにして“80年代の空気”そのものだと思っていた母や父の体験は、単に東京という一都市の生活者の実感だ、ということにようやく気づいたのだった。

もちろん、その実感に価値がないなんて思わない。母や父がときおり話してくれるバブル期のエピソードは強烈でおもしろいし、局地的に見れば、ブランドものを着て夜な夜な遊びまくるのがイケてるという価値観は、実際にある程度浸透していたのだろう、というのは当時の雑誌を読んでも思う。「箱根アフロディーテ」に参加した知人の話も、たぶん実話なのだろうし、当時はそれがなんとなくOKな雰囲気があった、というのも感覚としては理解できる。

ただ、「そういう時代だった」は個人の実感としてならまだしも、それを超えて、“私たちみんなの総意”みたいにされてしまうことがときどきある。あの時代はみんな煙草たばこを吸ってたんですよ(これはわりと事実だろう)。あの時代にはフォークなんて聴いてる人いませんでしたよ(これは偏った見方な気がする)。あの時代はああいうのもセクハラじゃなかったんですよ(これはそんなわけあるかよ、と思う)。

自分が実際には体験しえない過去の話に「そんなわけあるかよ」と思うとき、すごく悔しい。否定しようにも、当時を人の話や本を通じてしか知ることのできない私には、それは「時代」関係なくないですか、とは言いきれないから。

高校生のころの日記に書いたこと

私は10代のころから日記をつけているのだけれど、決めているルールがふたつだけある。それは、「うそを書かないこと」と「きょうは書くべきだと思った日には絶対に書くこと(毎日書かなくてもOK)」。嘘を書かない、というのもなかなか曖昧あいまいなルールだとは思いつつ(本心を書くのがしんどいときもあるので)、少なくとも「未来の自分が日記を読み返したときに、その自分を意図的にだますようなことは書かないぞ」と決めて細々と続けている。

東日本大震災が起きた高校生のときのページを見返すと、こんなことを書いていた。

“誰がなにを言って、誰がなにをして、なにが起きているかをちゃんと見ておくこと。”

たぶん、あのときは人生で初めて体験する大きな災害に圧倒されて、子どもなりに「記録」の意味について少しは考えたのだと思う。私のこの日記が10年後、20年後に残っていることがなにかの意味になるかもしれない、「あの時代は」といつかだれかが語ることに異を唱えたくなるかもしれない、と本気で思ったし、いまの私はあのころの自分の血の気の多さに10代っぽいなと懐かしくなることはあれど、当時の自分が感じたことをまったく馬鹿ばかにはしていない。

ここ最近もよく日記をつけている。「あの時代は」なんて上書きさせてたまるか、という気持ちがどこかにあるのだと思う。誰がなにを言って、誰がなにをして、なにが起きているかをちゃんと見ておくこと。その言葉を、自分の字でまたノートに書き残している。

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生湯葉シホ
生湯葉 シホ(なまゆば・しほ)
ライター/エッセイスト

 1992年生まれ、東京都在住。Webを中心に取材記事の執筆やエッセーの執筆をおこなう。ブログ:yubalog.hatenablog.com Twitter:@chiffon_06

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