映画「ドライブ・マイ・カー」妻失った男 魂の再生

ドライブ・マイ・カー

7月のカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。村上春樹の同名小説が原作。話題性は十分だし、実際、その完成度には息をのむ。愛する妻を失った舞台演出家の魂の再生を、愛車「サーブ900」に仮託して描く本作は、濱口竜介監督の研ぎ澄まされた神経が隅々まで息づいている。

舞台演出家の 家福かふく (西島秀俊=写真左)は、脚本家の妻・ おと (霧島れいか)と、満ち足りた生活を送っていると思っていた。ベッドで、サーブの車内で、2人は物語の筋書きを語り合う。ある日、海外の仕事が出国前にキャンセルとなり、自宅に戻った家福は、妻が別の男と体を重ねているのを目撃するが、気づかれないよう、静かにその場を離れる。

後日。出かけようとする夫に、音は「今晩帰ったら少し話せる?」と問いかける。夜半に家福が戻ると、妻は床に倒れ、息絶えていた――。

2年後。複雑な思いをぬぐえないままの家福は、国際演劇祭での演出を依頼され、会場の広島に赴く。主催者から、会期中は専属ドライバーに運転を任せるよう勧められ、みさき(三浦透子=同右)という若い女性を紹介される。

(C) 2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

喪失感を抱えた家福と、感情を表に出さないみさきは、近づきそうで近づかず、確かめ合うように会話を繰り返す。そこに、生前の妻に紹介された若い俳優・高槻(岡田将生)が絡む。その危ういたたずまい。穏やかな水面の下の、理性で捉えられない熱情を予感させる映像は、村上春樹の作品世界そのもので、彼のファンも納得するだろう。

だが、実は脚本は原作そのままではない。濱口監督は原作を「村上さんのテキストに書かされる」という感覚になるまで何度も読み込み、オリジナルの筋を加えている。

たとえば、家福が演出する舞台「ワーニャ伯父さん」の稽古風景。多国籍の俳優が自らの母語で通訳を介さずセリフを交わす。言葉の意味を超えた「何か」を共有しようと探り合うさまは、監督の演出手法ともつながる。舞台のやりとりと同じように、家福たちはサーブの車内で繊細に言葉を交わし合う。互いの魂の核心に近づき、その先にある癒やしに導かれる。

見るだけではなく、「聴く」映画でもある。俳優の微妙なセリフのトーンからサーブのエンジン音まで、作品の一部として心に響く。劇場で耳を澄ませば、きっと発見があるはずだ。そんな「宝探し」のように見ると、2時間59分の上映時間は決して長くない。観客もサーブに乗って心の旅をするような物語。文芸作品でもあり、一級のエンターテインメント作品ともいえるだろう。(浅川貴道)

ドライブ・マイ・カー(カルチュア・エンタテインメント、ビターズ・エンドほか)TOHOシネマズ日比谷など。公開中。

◇    ◇    ◇

読売新聞文化部の映画担当記者が、国内外の新作映画の見どころを紹介します。
読売新聞オンライン「エンタメ・文化」コーナーはこちら

あわせて読みたい

Keywords 関連キーワードから探す