映画「キネマの神様」コロナで撮影中断、公開延期乗り越え

キネマの神様

松竹映画100周年を記念し、2020年に公開されるはずだった。だが、公開は2度延期された。菅田将暉とダブル主演の予定だった志村けんさんは、肺炎で死去した。緊急事態宣言で撮影も長期間、中断された。

新型コロナウイルスの感染拡大で世界全体が傷つき、今も苦しんでいるように、この作品も深く傷ついた。山田洋次監督はその傷を消そうとしない。むしろ作品の一部として見せることで現実を取り込み、それを映画という「夢」で乗り越えようとする。

現代と過去と。映画は二つのパートに分かれる。

現代。老いたゴウ(沢田研二)は、酒とギャンブルがやめられない。妻の 淑子よしこ (宮本信子)や娘(寺島しのぶ)からも見放される。ある日、ゴウは孫から一冊の映画の脚本を見せられる。それは自分が書いて、初監督作となるはずだった「キネマの神様」。孫は書き直して脚本賞に応募しようと、ゴウに提案する。

約50年前。若きゴウ(菅田=写真左)は助監督として撮影所で働いていた。スター女優の園子(北川景子=同右)、友人で映写技師のテラシン(野田洋次郎)、撮影所近くの食堂の娘・淑子(永野芽郁)。彼らと過ごす日々の中で、映画監督になる夢を追っていた。だが、初監督作の撮影初日に事故でけがをし、夢を捨ててしまう。田舎へ帰るゴウを、淑子が追う。

(C) 2021「キネマの神様」製作委員会

過去のパートでは、山田監督が青春時代を送った松竹大船撮影所の全盛期が、生き生きと描かれる。北川が魅力たっぷりに原節子を思わせる女優を演じ、清水宏や小津安二郎がモデルらしき映画監督も登場する。彼らの人間模様や撮影所の雰囲気が実にいい。ゴウと淑子の思いが通じ合う場面では、2人の気持ちの変化と、最初はポツポツ、やがて激しく降る雨がシンクロする。その呼吸の気持ちよさ。

一方で現代のパートは、志村さんに代わり沢田がゴウを演じた。だが主人公でなく、「主人公を演じる志村けん」を演じているように見える。東村山音頭を歌う場面も、体調を崩して入院する場面も、圧倒的に志村さんの不在を感じさせる。それは作品の「欠点」だろう。だが、その欠点は胸を打つ。沢田は浮いているが、覚悟を持って浮いているように思う。終盤、映画の中でもコロナ禍が描かれる。

松竹100年の歴史と映画への愛。コロナ禍と志村さんの死。劇場へのエール。作品が負った「傷」さえも取り入れ、再び映画の「夢」を見せるラストシーン。それが現実と切り結んだ山田監督の答えなのだろう。(編集委員 小梶勝男)

キネマの神様 2時間5分。新宿ピカデリーなど。公開中。

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