冷めてもおいしい横浜・K軒のシウマイ、立ち昇る香気と驚きの起源

かつて我が家に遊びに来た、生まれも育ちも横浜という浜っ子の友人が、手土産にK軒のシウマイを持ってきてくれました。

K軒の焼売ならぬ「シウマイ」は、横浜の人にとってはソウルフードなのだそう。東京の者にとっても、幼い頃から食べていたなじみの味です。

さっそく、皆で食べるべく温めようとしたところ、

「あっ、温めないで!」

と、浜っ子。

「温めてもおいしいけど、今日は温めないで食べたい気分」

とのことではありませんか。

私は、「何でも熱々で食べたい派」なのでした。時にはおせち料理さえも、自分の好きなものをお皿に取って、電子レンジで温めてから食べたりするのです。その、「冷めたものを食べたくない」という感覚が中国の人々と共通しているからこそ、中国の料理が好きなのかもしれません。

ですからK軒のシウマイも温めるのが当然、と思っていたのですが、横浜人は、

「K軒のシウマイは、温めないで食べるのが前提だから」

と言うのでした。

駅売りを基本にしていたからこその味付け

どういうこと? と思って尋ねてみると、そもそもK軒の起源は、駅なのだそう。明治の末、かつての横浜駅長が横浜駅構内で始めた売店だったということではありませんか。横浜の中華といえば中華街というイメージがあるので、てっきりK軒もそうなのかと思ったら、日本人の元駅長さんが創始者という事実に、まずは驚きました。

元はといえば駅の売店だったK軒において、昭和初期に「何か名物を」ということで開発したのが、シウマイでした。K軒がシウマイを選んだのは、地元に中華街があるからだけでは、なさそうです。横浜駅は、東京駅からそう遠くはありません。長距離列車に乗る人は、東京駅ですでに駅弁を買っているので、横浜でお弁当を買うことにはなりづらいという事情がありました。

であるならば、と目星をつけたのが、中華街でもおなじみだった焼売だったのです。確かに焼売なら、持ち運びもできるのでお土産にもなるし、車内で食べてもいい。列車の中で食べるため、冷めてもおいしい味付けにして「シウマイ」として売り出した、というということなのです。

「だからK軒のシウマイっていうのは、冷めているのが本来の味なわけ」

と、浜っ子は言います。

私はそれを聞いて、

「そうだったの‥‥!」

と、目からウロコが落ちたような気持ちになりました。K軒のシウマイは、温めなくてもおいしいという事実は、私も知っている。しかしその起源が駅にあって、駅売りを基本にしていたからこその味付けだということには、膝をたたきまくり。

「じゃあ、そのまま出すね」

と、浜っ子の手土産・シウマイは、温めずに供されることになったのです。

つい何個も食べ続けてしまう、そのサイズ

調べてみれば、駅で焼売を売ることを決めた後、K軒では中華街から点心職人をスカウトし、冷めてもおいしいオリジナルの味を作るために試行錯誤を重ねたのだそうです。サイズについても、普通の焼売よりも小さくして、列車内で食べやすいようにしたということではありませんか。

そういえばK軒のシウマイには、かわいい磁器のお醤油入れ(ひょうたん型なので「ひょうちゃん」という名前が付いている)や辛子の他に、お箸ではなく小さなピックがついています。シウマイは、そのピックで刺すのにちょうど良い大きさ、というか小ささ。小さいからこそ、つい何個も食べ続けてしまう、その連続いがまた、スナック感覚で楽しい‥‥。

拉麺とラーメンが違うものであるように、焼売とシウマイもまた、別物でした。今ではシウマイは大人気商品となり、シウマイ弁当は東京駅でも売られています。本場中国の人は、焼売を弁当に入れるという発想を持たないかもしれませんが、それは焼売ではなくシウマイだからこそ可能な技なのでした。

香気が味の秘訣なのかも

K軒のシウマイは今、東京のあちこちのデパ地下においても、購入することができます。先日、夜に映画をることになった時は、映画の前にシウマイを購入。緊急事態宣言下の東京では、映画が終わってから食事をして帰ることはできないので、家に帰ってからシウマイを食べようと思ったのです。

が、しかし。買ってからハッと思い出したのは、K軒のシウマイは、かなり匂うという事実でした。新幹線の中などでも、車両にシウマイ弁当を食べている人がいると、すぐに「あ」とわかるもの。

シウマイを持って映画館に入ったなら、ですから皆が「あ」と思うことでしょう。シリアスな映画ということもあり、皆さんにシウマイのかほりを嗅がせてしまうのは申し訳ない、と焦った私は、ビニール袋を三重にして包んでから、バッグの奥底に隠しました。シウマイなんてどこにも持っていませんよ、という顔で席に着いたのですが、しかしそれでもそこはかとなく香る気が‥‥。

家に帰ってシウマイを取り出すと、バッグが少々シウマイくさくなっていました。が、この香気こそが、冷めてもおいしいという味の秘訣ひけつなのかも。この時もやはり、温めないままでシウマイを口に入れ、かつて横浜から汽車に乗ってシウマイを賞味した人達の気分を、味わってみたのでした。

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。2021年に「処女の道程」(新潮社)、「鉄道無常」(KADOKAWA)を出版。

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