昔付き合いそうだった人に偶然、再会。どう対応すべき!?

「好きな(だった)人に偶然会ったときの対応」と題する女性からの投稿が、掲示板サイト「発言小町」に寄せられました。先日、カフェに入ったところ、「昨年あとちょっとで付き合いそうな関係だった人」に会った、というトピ主さん。振られても嫌いにはなりきれなかった相手だそうですが、気づかないふりをして去ってしまったそう。「これでよかったんだ」と思う反面、諦めきれず、「声をかければよかったかとごちゃごちゃ考えてしまう」と心境をつづっています。

「再会してうまくいく関係」の共通点とは?

後の投稿によれば、「声を掛ければまた仲良くできるかも」という思いがあった、という記述も。軽く話して近況を知りたかったというよりは、あそこで話しかけておけば、再び交際のチャンスが生まれたのではないか……という期待があったようですね。

確かに再会したことで、交流が復活するケースは珍しくありません。以前はうまくいかなかった相手でも、お互いに人間的に成長していたり、取り巻く状況や環境が変わっていたりで、以前に障害になっていた原因がなくなっていて、今度はうまくいく、というケースもあります。ただ、いろいろなケースを見る限り、そのためには以下の二つの要素を満たしている必要があるように思います。

(1)相手に対する負の感情(恨み、怒り、落胆、不安など)が残っていないこと

交流関係が“切れる”ときには通常、何らかのきっかけがあります。それが「不誠実な言動をされた」「がっかりするような行動をされた」といったマイナスの出来事だった場合、再会してもその記憶が拭いきれず、改めて良い関係を築くことを阻害します。よほど深い反省や大きな成長をしていれば別ですが、一度できてしまった不信感や傷跡はなかなか消えにくいのも事実。ちょっとしたことで「やっぱりね」と再び落胆や不信感につながってしまうため、どちらかに負の感情が残っている(その可能性がありそうな)場合、再会後の発展にはあまり期待をしないほうがベターでしょう。

(2)心のどこかに「相手を利用するような気持ち」がないこと

元交際相手やそれに近い関係にあった相手との再会では、「一からお互いを知り合うための時間」が不要です。面倒なく一気に遠慮のない関係になれることもあってか、寂しさ、不安、焦りなどを埋めるために利用し合うような関係に陥ってしまうケースは少なくありません。そのようなエゴイスティックな動機が片方もしくは双方にあると、一時的な関係となってしまい、いずれまた終焉しゅうえんを迎えます。「再会後、双方が相手に敬意を持って関わることができるかどうか」で、その関係の未来は変わってくると言えるでしょう。

無意識に“リスク”を回避した可能性も

トピ主さんが再会した彼は尊敬できる点がある人で、「イヤなことをされたわけではないので、なんとなく未練が残るように感じていた」そうですね。一方、ばったり会えてとてもうれしい反面、「悔しさ」や「名残惜しさ」が蒸し返してしまいそうだった、という記述も。さらに、自分の年齢的にも焦る部分があったため、彼とはどこか合わない部分があるものの目をつぶろうとしていた……という記述も見られます。

まとめると、彼や彼との思い出にネガティブな感情はないものの、振られた悔しさや未練などの感情は残っており、「再び距離を近づけても、うまくいかないのではないか」という予感があった。さりながら「年齢的にパートナーを見つけなければ」という焦りがあって、声をかけるべきだったかと後悔している、ということですよね。

これが事実ならば、気づかないふりをしてその場を去ったトピ主さんの選択は、自分自身を守るための行動だったのかもしれませんね。「彼に時間や感情を費やしても、以前と同じことになるだけではないか」という恐れがあり、とっさの判断だったようですが、無意識に“リスクを回避する道”を選んだのだろうと推測します。

人間関係の維持には、ポジティブな動機が必要

人と人との縁が生まれる(深まる)ときには、必ずと言っていいほど「楽しい、面白い、学びや刺激がある、癒やされる」などのポジティブな動機が含まれています。自由な時間が限られている大人になるほど、そうしたポジティブな期待や関心がないと、なかなか人間関係の維持に時間や労力を費やさなくなるものです。

その観点から言えば、もし今回、トピ主さんの心の中に「今の彼がどんな様子か知りたい」「また面白い話を聞きたい」といったポジティブな感情があったならば、声をかけてみてもよかったかもしれません。彼にも同様の気持ちがあれば、再び距離が縮まった可能性もあったでしょう。

しかし現時点では、彼への「興味」や交流することでの「楽しさ」よりも、再び気持ちを揺さぶられることへの「不安」や、どうせ成果につながらないという「諦観」のほうが勝っていた。「縁がなかった人に引っ張られるよりかは、無視して心の整理の一歩にできてよかったはず」という一文も見られます。

ただし、これは現時点での話です。恋愛対象としてではなくとも、この先、今回とは違う明るい気持ちで、彼と話ができる日が来る可能性までを否定するものではありません。「今回は、私自身のために声をかけなかった」と解釈するのがベストかと思いました。未練を断ち切り、前を向いて歩み出せるといいですね。応援しています。

発言小町のトピはこちら⇒「好きな(だった)人に偶然会ったときの対応」 

外山ゆひら(とやま・ゆひら)
フリーライター

哲学や心理学、芸術文化の分野に関心が高く、対人関係やコミュニケーション、生き方に関する記事を中心に寄稿。産業カウンセラー・心理相談員資格有。

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