手で「拉」した麺の舌ざわりがどことなく官能的な蘭州牛肉麺

初めて中国に行った時、ホテルやお店などのドアの取っ手に「推」と「拉」と書いてあり、「こっちではこう書くのね」と思った記憶があります。

日本において、手動式ドアの取っ手に書かれている文字は「押」と「引」ですが、あちらでは推しの「推」と、拉致の「拉」。ちなみにこの「拉」は引く、ひっぱることを意味し、「拉」は、拉麺ラーメンの「拉」でもあるのでした。

小麦粉を練ったあと、何度もびよんとひっぱって延ばして細い麺状にするのが、そもそもの拉麺。ですから今、日本で食べられている「ラーメン」が本来の意味での「拉麺」かというと、そうではありません。“手延ばし”の麺を使用しているラーメン屋さんは、日本には滅多にないのではないか。

「ラーメン」はもはや中華料理ではなく、一種の和食です。中華料理に端を発してはいるけれど、「拉麺」の音だけを借りて、味も製法も、日本で独自な発達を遂げている。だからこそ、「拉麺」を名乗っているのに、手で延ばしていない麺を使っているのは何ごと、などと目くじらを立てる人はいない。

戦後の闇市でのヒット商品

日本におけるラーメンは、戦後の闇市でのヒット商品だったようです。戦争に負けて、激しい物資の不足に見舞われた日本では、あちこちに闇市が出現し、食べ物などが売られるようになりました。中国から引き揚げてきた人達がそこで売ったラーメンには連日、行列ができたのだそう。

闇市が消えた後も、人々はラーメンのおいしさを忘れずにいました。各地にラーメン店ができ、独自の発展を遂げていくことになるのです。ちなみに餃子ギョーザもまた、闇市でのヒットをきっかけとして日本中に広まったのであり、日本でラーメンと餃子がセットのように食されているのも、この「出自が同じ」というせいかもしれません。

そんなわけでラーメンは、日本で発達した中国ルーツの食べ物。手で「拉」しなくともそれは「ラーメン」なのです。

しかし私、あまりラーメンを食べる機会がないのでした。旅先においてご当地の名物ラーメンを食べることは、よくあります。ラーメンどころである山形の小野川温泉に雪深い季節に行ったらあちこちにかまくらがあって、「ラーメンの出前できます」と書いてあったので思わず電話。かまくらの中ですすった熱々の山形ラーメン、おいしかったなぁ。

しかし日常生活において、私のような年頃の女性がラーメンを食べる機会は、あまりないのでした。誰かとランチをする時に、「じゃ、ラーメンでも」となりにくいのが、いい年の女というものではないか。

麺1杯の値段が、普通のラーメンの軽く3倍

そんな私は先日、本物の「拉麺」を食べる機会があったのでした。それは、かねて行ってみたかった広尾の蘭州牛肉麺の店「Z」。

蘭州とは、中国西北部に位置する甘粛省の省都です。シルクロードと黄河が通るこの地には少数民族も多く、こちらは回族(イスラム系)の料理を供するお店。

辛い牛肉麺は蘭州の名物なのだそうで、日本でもこの蘭州ラーメンが流行っているのだそう。しかしZについてネットで見ると、「蘭州ラーメンとうちの店の蘭州牛肉麺は全く別物です」といったことが書いてありました。秘伝のレシピで、もちろん化学調味料などは使用せず、ハラールの牛肉を使用して作っているというではありませんか。

しかし、値段を見るとびっくり。麺1杯が、普通のラーメンの軽く3倍はするのです。「これは、他人を誘いにくい‥‥」と私は思いました。普通のラーメン好きに声をかけても納得してくれるのか、と悩んだ結果、近くに行ったついでに、一人で入ってみることにしたのです。

延ばしたての“拉”麺を食すると…

そこはラーメン店感も中華料理店感も全く漂わない、静かで小さなお店でした。髪をスカーフで隠した女性と、男性2人が厨房ちゅうぼうにいて、粛々と働いている。細い麺から一反木綿っぽい幅広麺まで、5種類ほどの中から中太の麺を選んで、牛肉麺をオーダー。

すると男性が、そこからやおら小麦粉のかたまりを練りだしました。次は小麦粉が延ばされ、どんどん細くなっていく。おお、これぞ本当の“拉”麺というもの! ‥‥と、私はカウンターからかぶりつくように“拉”作業を眺めました。

“拉”作業が終わったら茹で、スープに投入されて、牛肉などの具と、かなりの量のラー油も鉢に投入すれば、完成です。

いよいよ、延ばしたての“拉”麺を食する時がやってきました。まずはスープを、一口。むむ、おいしい。辛いけれど、だしと薬膳系の味が一体となり、いかにも健康に良さそう。

そして少し太めの麺を、つるり。すると、「こ、これは‥‥!」 と、衝撃を受けました。舌が邂逅かいこうよろこぶその舌ざわりは、立体感と透明感を兼ね備えている。程よい太さの麺は、どことなく官能的でもあって、確かに「ラーメン」とは全く違う!
ラー油の辛さに汗だくになりつつ、私は一気に牛肉麺を食べました。食べ終わると、なにやら昇天感を覚えて、しばし呆然ぼうぜん

日本のラーメンも、あれはあれでおいしい。けれど、“拉”作業によって作った麺でないと出ない味わいは確かにあるのではないかと、私は思ったことでした。

店から出てふと冷静になると、白いTシャツのあちこちに、赤いラー油のしみができていました。エプロンも貸してくれたのに、おかしい‥‥と思いましたが、それだけ私は“拉”麺を一心不乱にすすっていた、ということなのでしょう。

拉麺、それは決して自分では作ることができない料理。その味には中毒性があるのであって、この店にまた来てしまいそうな予感がしてなりません。

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。2020年11月に「ガラスの50代」(講談社)を出版。

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