日本の粥ではありえない、香港の粥に入っているものとは

喉が少々痛くなり、レトルトの白粥しろがゆなど温めている時にふと、「アメリカ人は、風邪をひいた時に何を食べているのだろうか」という疑問が湧いてきました。

ハンバーガーだのステーキだのピザだのと、こってりがっちりしたものが大好きな印象があるアメリカの民。体調を崩して、

「消化の良いものを食べてくださいね」

とお医者さんから言われたらどうするのだろう、と。

アメリカ在住経験が長い知人に聞いてみたところ、

「風邪の時はチキンスープを食べる」

と、教えてくれました。チキンや野菜を煮込んだ温かいスープが、風邪の時は定番なのだそう。

風邪の時もたんぱく質を取るとは、さすがアメリカ人。‥‥と、私はその時に思いました。日本人が風邪をひいたなら、まずはおかゆ。おかずはせいぜい、梅干しや佃煮程度でしょう。うどんという手もありますが、とはいえてんぷらや肉類のトッピングは、病人にはご法度です。風邪をひいた日本人は柔らかい炭水化物を食べることが推奨されており、許されるたんぱく質はほとんど卵のみなのですから。

多少栄養バランスが悪くなっても、とにかく消化器系に負担をかけない、という我々のスタンスは、守りの発想。対して風邪をひいても肉は必須というのは、積極的に栄養を取って早く治そうという攻めの発想なのかもしれず、彼我の国民性の違いを見るのです。

邱永漢著「香港」で知ったモツ入り粥

最近、邱永漢氏の「香港」を読んでいたところ、お粥についての記述を発見しました。

1924年に台湾に生まれた著者は、日本で東大を卒業後、台湾に戻って台湾独立運動に関わった後、香港に亡命。再び日本に来て作家となり、1956年に「香港」で、外国人として初めて直木賞を受賞。さらには実業家としても巨万の富を築く‥‥という波乱の人生を送ってきた人。食への造詣も深く、食べ物関係の随筆も多いため、中華好きの私は邱永漢ファンなのです。

「香港」の主人公は、台湾から香港へと逃れてきた、著者を思わせる青年。彼はある時、深夜の街で、及第粥カプタイチョッという名のお粥を食べます。それは、豚のモツが入ったお粥であり、食べるとすぐに身体が温まるのでした。

お粥にモツが入るという時点で、日本人のお粥に対する発想とは全く異なることが感じられるのですが、さらに面白かったのは、

「広東料理の粥は貧乏人の食べるものではない」

という記述でした。広東では「貧乏人は飯を食う」のだそうではありませんか。

水分の多いお粥の方が安価なのではないかと思いきや、そうではなかった模様。確かに、お粥を炊くのはけっこう手間がかかるもの。のみならず、柔らかくてお腹にたまらないお粥の方が、お金持ち向きな食感だったのかもしれません。

調べてみると「及第粥」というのは、その昔、科挙を受験する人が食べていたら及第すなわち合格したのでその名がついた、という説もあるのだそう。勝負メシのようなものだったのです。

胃に優しいお粥と、精力がつくモツを合体させるというのは、確かに受験生向きのメニューです。及第粥でなくとも、中華圏でお粥を食べようとすると、鶏肉やら海老やらといったたんぱく質が入っているメニューが色々とあるもの。

白いお粥に梅干しで、我々は風邪っぴき気分を盛り上げる

そうしてみると、中華粥と日本粥は、同じお粥でありながらかなり違う存在のようです。白米信仰が強いせいかもしれませんが、日本人は、お粥に肉類をかたくなに混ぜません。炊いたご飯から作るおじやはどうなのか、と考えてみても、肉類が入っているおじやを、私はあまり知らないのです。鍋物の後におじやを作る時も、具材の切れっ端が混入することはあれど、たんぱく質は卵に限定されるのではないか。

茶粥をよく食べる地方を除けば、日本人はお粥を病人食に限定して捉えているきらいがあります。そして病人は、たとえ消化器系は全く悪くなくとも、肉など食べてはいけないのだ、という感覚が我々にはあります。白いお粥に梅干しだけ、という禁欲的なメニューを食すことによって、我々は風邪っぴき気分を盛り上げている、とも言えましょう。

対して中華粥は、病人も食べるでしょうが、健常者も食べるメニューです。肉類や油條ヨウティヤオ、ネギやパクチーも入れて、お粥に足りないパンチや栄養を、どんどん補う。お粥に対する姿勢においても、彼我の国民性の違いがにじみ出ます。

ある時、風邪気味だった私は、いつものようにレトルトの白粥を温めていました。その時に思い出したのは、ちょうどいただいたばかりの、高級牛肉佃煮の存在です。さっそく封を開けてみると、佃煮を超越した牛肉の存在感。それを白粥に乗せてみたら、「風邪っぴきの私が、こんなの食べてしまっていいの?」という罪悪感が湧いてきました。

しかし一口食べてみたならば、これが美味しいではありませんか。梅干しもいいけれど、明らかに梅干しオンリーより滋養がつきそうな味わいです。

その時、風邪がいつもより早く治った気がしたのはやはり、牛肉効果だったのか。白粥と梅干しだけで風邪っぴきプレイをするのもいいけれど、あまり禁欲的になりすぎる必要もないのかもね、と思ったことでした。

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。2020年11月に「ガラスの50代」(講談社)を出版。

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