予約の取れないレストラン「シンシア」コロナ禍のシェフの決断とは

新型コロナウイルスの感染拡大が収束せず、飲食業は出口の見えない苦境が続いています。食を専門とするライターの井川直子さんは、未曽有の出来事の中で苦悩するシェフたちを取材し、新著「シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録」(文芸春秋)にまとめました。彼らの声は私たちに何を問いかけているのか。井川さんが特別寄稿します。

◇◇◇

2020年4月7日、最初の緊急事態宣言。翌日から私は、道なき道をゆく店主たちの声を拾い集めることにしました。目標は、1日1人に取材、原稿を書いて、ウェブサイトの「note」へ毎日掲載すること。結局は平均1.6日に1本のペースになりましたが、なぜ毎日にこだわったのかというと、感染者数も、世界と日本の情勢も、行政や世論も、刻々と変わるからです。

 

昨日までの満席が今日はゼロにもなり得る状況下では、店主たちの考えもまた日々違います。そんな変化のさなかにすくい上げた「それぞれの」「今日の」答え。連載は「#何が正解なのかわからない」と題し、東京が4月、5月の緊急事態宣言下にあった約50日間、34人に及び終了しました。「シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録」は、これをまとめたものです。

本稿では、そのなかから一人のシェフを取り上げます。

2020年4月8日。“予約が取れない店”の代名詞のようなフランス料理店「シンシア」(東京・北参道)の石井真介シェフは、この人気店を1か月閉めることを決め、通販やデリバリーを立ち上げました。それだけでも大変なはずなのに、飲食店への補償を求めるべく同志のシェフたちと政治家へ陳情に赴き、さらにはボランティア活動も。すべては飲食業の未来のため。若い人が夢を持ち、料理人に憧れてくれる未来、料理人が社会へ貢献できる未来のために、彼は先陣を切って旗を振る。以下は、その日の彼の答えです。

 政治家が思うよりずっと早く店は潰れる

2020年4月8日、石井シェフの話

3月末には週末や夜間の強い外出自粛要請があったので、3月28日(土)を臨時休業にしました。予約をいただいていたお客さんには、連絡してリスケジュールをお願いして。

1日でも休むのは痛いし、心苦しいし、つらいですよね。でも行政からの要請が出た時は、(飲食店に対する要請でなく、一般への要請であっても)僕はなるべく応えるようにしています。こちらはちゃんとやっていますよ、と示してこそ、行政に言いたいことも言えるので。

28日時点ではまだ「臨時休業」でしたが、この後どこからか、4月にロックダウンされるとうわさが流れて2日以降のキャンセルが増えたんです。また3月30日には、小池都知事が会見で、感染拡大に影響のある業種として「接客を伴う飲食業」と発言しました。

都知事が「接客」の範囲をどこまでイメージされたかわかりませんが、レストランはサービス=接客を伴うので、暫定的に4月2日から8日まで1週間の休業を決めたんです。「状況によっては延長」と告知もして。

しかし昨日(4月7日)の緊急事態宣言では、ついに、みんながっくりきてしまったんじゃないでしょうか。

行政はずるい。店を「閉めなさい」とは法律上強制できない(行動を規制できない)ことを盾に、だから補償もないという抜け道を使っています。「閉めなさい」とは言わないまま、間接的に僕らを苦しめているんです。外出自粛要請のたびにキャンセルが出て、飲食店は四面楚歌しめんそかです。

補償があるなら営業はするべきではないと思いますが、十分な補償がない今、生きるために営業の選択をする、ほかの経営者の苦しみも理解できます。

大阪「HAJIME(ハジメ)」の米田肇シェフが「新型コロナウイルスの影響による飲食店倒産防止対策」を求めて署名活動をし、現時点で11万人以上の賛同がありました。まだまだ増えています。

それを持って、飲食業界を代表するシェフたちとともに、僕も国会議員にお会いしてきました。誠実に対応してくださったのですが、危機感については、現場とのとてつもない温度差を感じました。

はっきり言って、政治家が思うよりずっと早く飲食店は潰れてしまいます。

融資だって殺到している今、入金がいつになるかわかりません。第一、借金が増えるだけですから。売り上げはないのにますます借金を抱えて、未来が見えると思いますか? 補償の必要性への希薄な感覚にも、あまりにも現実味のないスピード感にも、日々絶望です。

でも絶望しているだけじゃ駄目で、僕は、できる限りこの現状を世のなかに伝えなきゃいけないと思っています。声を上げなきゃ始まらない。僕らの運動に関して、「飲食店だけじゃない、ほかの業種だって厳しいんだ」との見方をされる人もいると聞きますが、だから我慢してみんなで黙ってしまうのは違うと思う。

僕らも言う。ほかの業種の人たちも言いましょう。言うべきことは言って、みんなで大切なものを守りましょうよ。

 飲食業界のあたりまえを変えていく

フランスで活躍する日本人シェフたちが、医療機関に料理を作って差し入れている記事を目にして、すごく感銘を受けたんです。僕ら料理人にできることがまだまだあるんだって。じつはこれも動いていて、日本でも近々実現できそうです。

僕のライフワークは、料理人の社会的価値を高めること。フランスでは、シェフたちが先頭に立って飲食店への補償を取りつけました。それだけ料理人の発言力が高く、存在価値が認められているんです。

今回の国の対応で、根本的、長期的に、日本の飲食業界はこのままじゃいけないと痛感しました。国は何もしてくれないことが、わかってしまった。まだあきらめてはいませんが、これから先、二度と同じことにならないようアクションは必要です。飲食業界のあたりまえを変えていくっていう目標が、はっきりしました。

最後に。レストランは嗜好しこう品で、「生活に必要」なものではありません。でも心豊かな生活を営むうえでは必要な存在です。料理文化が淘汰とうたされては大変なことになる。そのことを国にも、社会にも認めてもらいたいと思います。

あれから1年、飲食店はすでに限界

取材から1年余り。3回目の緊急事態宣言のさなか、5月24日に改めて石井シェフに取材しました。以下は石井シェフの今の言葉で、本書にはない大手小町への書き下ろしです。

シンシアの石井シェフ

2021年5月24日、石井シェフの話

飲食店はすでに、限界です。

20時までの時短営業が21年1月から5か月も続いているうえ、お酒の禁止が決定打。「シンシア」でも5月は予約を半数以上失い、日によってはゼロになりました。

キャンセルされるお客さんが悪いわけではなく、間違っているのは理にかなわない政策のほう。一言で「飲食店」といっても、感染予防対策の実態はさまざまです。なのに一律で禁止した結果、今、要請に従わずお酒を提供するお店に、お客さんが集中しています。かえって分断と密を生んでしまいました。

お酒に限らず、規制とは、お店ごとの感染予防対策や稼働率などの現状に基づいて考えなければいけません。ゼロか100かでなく、対策のできているお店は規制を緩める、などの段階が必要です。

そういった意見を、食文化ルネサンスという団体を通じて国へ挙げているのですが、時間がかかりすぎる。もしもこのままの規制で延長されれば、きっと6月以降、要請に従わないお店がどんどん現れると思います。

僕もこれまでずっと、一貫して要請に従ってきました。しかしこのままでは、いつまで頑張れるかわかりません。「シンシア」では感染予防も徹底し、テラスも含めた広い空間、全20席のところ12~14席までの6割ほどで稼働しています。であれば、お酒が感染拡大を引き起こす要因になるとは考えられません。

さまざまなご意見があると思います。

みんな怒りをのみこんで順守しているんだから我慢しなければ、という人もいるかもしれません。それでもこれ以上、理不尽な政策につき合っていては潰れてしまう。どちらにせよ覚悟せざるを得ない段階まできている、ということ。僕は人として、経営者として、感染を抑える努力をしながら店を守る努力もします。

そうして選んだ道は、堂々と歩きたい。緊急事態宣言の期限まで、あと1週間。まだまだ、最後まで要請が見直されることをあきらめていません。

何を信じ、どう歩くか

おわりに

3度目の緊急事態宣言下である今、シェフたちは誇りを失いかけています。

昨年からずっと苦しい。けれどその中でも苦しみの質は変わってきました。現在は「疲弊」の苦しみ、しかし1年前は「崩壊と恐怖」の苦しみでした。今まであたりまえだった生活が崩れ、モラルを問われ、何が正解なのかわからなくなった混乱の恐怖です。

「シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録」は、そんな第1波での記録です。崩壊と恐怖の中で、シェフや店主たちは何を信じ、どう歩いてきたのか。おそらく彼ら自身のための独白だったであろう言葉の集積が、不思議と、同時代を生きる私たちに「力」をくれるのです。

井川直子さん
井川 直子(いかわ・なおこ)
文筆業

料理人、生産者、醸造家など、食と酒にまつわる「ひと」と「時代」をテーマにした取材、エッセーを執筆。著書に「東京の美しい洋食屋」(エクスナレッジ)、「変わらない店 僕らが尊敬する昭和」(河出書房新社)、「昭和の店にかれる理由」「シェフを『つづける』ということ」(ミシマ社)、「イタリアに行ってコックになる」(柴田書店)など。2019年に私家版「不肖の娘でも」(リトルドロップス)も上梓じょうし。「dancyu」「食楽」ほか雑誌、新聞等でも連載中。

Keywords 関連キーワードから探す