尾野真千子「茜色に焼かれる」で魅せた獣の目、理不尽な世訴える母

間違いなく今見るべき1本だと言いたい。コロナ禍のさなか、生活苦の中でもがく母と息子の物語。 閉塞へいそく感漂う社会と、その片隅に生きる人々を見つめてきた石井裕也監督が昨夏、わずか2か月の準備期間を経て撮影した最新作だ。

夫を7年前に交通事故で亡くした良子(尾野真千子=写真左)は、小さなカフェを営み、13歳になる純平(和田庵=同右)を育ててきた。しかしコロナ不況のあおりで店は潰れ、昼はパート、夜は息子に内緒で風俗店で働く。生活はカツカツなのに、義父の老人ホーム入居費ばかりか、夫と浮気相手との間にできた娘の養育費まで払っている。純平には「まぁ頑張りましょう」と、謎めいたほほ笑みを向けながら。

信念の人か、お人よしか。つかみどころのない良子という母を、濃厚な生活感を漂わせて体現する尾野の演技が抜群だ。特筆すべきは、風俗店の同僚を相手に、初めて本音をさらけ出す場面。夫が死んで以来久しぶりに酒をあおり、「聞いて? ねぇ」。貧乏揺すりをしながら、世の中の理不尽さを訴える目は獣のそれだ。やり場のない怒りが、全身にたぎっているのがわかる。

この怒りは石井監督自身の、そして、私たちのものでもあるのだろう。愛する息子が、彼女をぎりぎりの生につなぎ止めている。母と子を温かく包み込む、クライマックスのあるシーンが印象的だ。1台の自転車に身を寄せ合って乗る2人を、ずっと眺めていたかった。(読売新聞文化部 山田恵美)

茜色あかねいろに焼かれる」(フィルムランドほか) 2時間24分。渋谷・ユーロスペースなど。公開中。

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