日興證券創業者の邸宅美と知られざる名品「遠山記念館50年」

仮名書の至宝と呼ばれる寸松庵色紙「むめのかを」、源頼朝41歳の「書状」、岡田半江の「春靄起鴉図」、黒田清輝の最初期の裸婦画・・・・・・、数々の名品を展示した特別展が埼玉県川島町の遠山記念館で開かれています。

日興証券(現SMBC日興証券)創業者の遠山元一が母のために建て、収集したコレクションを展示する遠山記念館は、1970年510日に埼玉県内で初の美術館として開館しました。のどかな田園風景の中の遠山邸は、元一が幼いころに没落した生家を再興し、苦労した母の住まいとなるよう2年7か月をかけて完成させた近代和風建築の傑作。国の重要文化財(建造物)になっています。

開館50年を記念するこの特別展は、平安時代から近代までの重要文化財6件、重要美術品9件を含む25件の館蔵品を展示しています。

二人の正恒 平安末の太刀と小太刀

正恒という刀工は備前国岡山県東南部)と備中国(岡山県西部)におり、両者とも平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍し作風も近い。備前国の正恒は、同国でも最初期の刀鍛冶であるため「古備前正恒」と、備中国の正恒は同国の青江派という一派の刀工であるため「古青江正恒」と呼ばれています。

源頼朝41歳 自筆の書状

重要文化財 源頼朝《書状》鎌倉時代 文治3(1187)年11月9日
重要文化財 源頼朝《書状》鎌倉時代 文治3(1187)年11月9日

数少ない頼朝自筆の書状のひとつ。後筆に「文治三年」と書かれており、2年前に平家を壇ノ浦で滅ぼして権力を揺るぎないものとした41歳の時の書。伸びやかな筆遣いや自然な墨継ぎなど、貴族と同じような教育を受けたことをうかがえます。

制作年の分かる絵巻

重要美術品 《遊行縁起絵巻》室町時代 永徳1(1381)年8月
重要美術品 《遊行縁起絵巻》室町時代 永徳1(1381)年8月

時宗の開祖である一遍上人=遊行上人(ゆぎょうしょうにん)の事績を描いた絵巻。「一遍上人絵詞」の名称で知られる十巻本のうち、複数の場面をつなぎ合わせています。奥書(写真左端)に制作年が書かれています。鮮やかな彩色が残っており、人物の表情や動きもよく分かって面白い。

文様の中に隠された十二の漢詩の文字

重要文化財 《秋野蒔絵手箱》鎌倉時代中-後期 13-14世紀
重要文化財 《秋野蒔絵手箱》鎌倉時代中-後期 13-14世紀

化粧道具や手回り品を入れるための手箱。蓋表には渓流を中心に松の木や秋の草花が配され、その意匠は胴の周囲をめぐるように展開しています。文様の中に「和漢朗詠集」にある源英明の漢詩の十二文字が隠されています。写真右上は蓋の裏側の写真。右下は箱の中にはめられる懸子(かけご)で、これが残っているのは珍しいそうです。

大坂城の灰の中から再生

大名物 《文琳茶入 銘 玉垣》南宋時代 13―14世紀
大名物 《文琳茶入 銘 玉垣》南宋時代 13―14世紀

中国で香辛料の輸送用に作られた小壺が、日本では茶席用の抹茶を入れる容器として使われました。その中で特に形や大きさの優れたものは「名物」として権威化。この品は足利義政の同朋衆どうぼうしゅう=将軍に近侍して雑事や諸芸能をつかさどった僧の姿をした者)の相阿弥の持ち物と伝えられ、大坂城落城の際に破損。瓦礫と灰の中から真っ先に探し出され、漆により修復されて徳川将軍家の家宝として伝わりました。

漏斗状の口が残るこの品は「文琳」と呼ばれる古様を示し、貴重な物だといわれています。右下の写真は現代の修理の際に破片に戻された状態。大坂城から回収・修復された茶入れは《付藻茄子つくもなす)》が有名だが、この黒味を帯びた古様の茶入れも優劣つけ難い気品を感じます。また、破片の状態の写真を見ると修復技術の高さにも驚く。

実物でしか味わえない色合い

重要文化財 岡田半江《春靄起鴉図》江戸時代
重要文化財 岡田半江《春靄起鴉図》江戸時代

日本最古級の裸婦像

黒田清輝《裸婦習作》明治22年頃
黒田清輝《裸婦習作》明治22年頃

日本西洋画の先駆者である黒田清輝のフランス留学時代の習作。絵画学校で描いており、留学時代の一番古い作品の一つと言われる。日本ではまだ芸術としての裸婦像が確立しておらず、日本西洋画の中で歴史的な絵と言えるでしょう。

(読売新聞事業局美術展ナビ編集班・秋山公哉)

特別展 遠山記念館の50年

会場 遠山記念館(埼玉県川島町白井沼675
会期 4月3日(土)~5月30日(日)
開館時間 午前10:00〜午後4:30(入館は午後4:00まで)
休館日 月曜日
入館 大人1000円、学生(高校・大学)800円、中学生以下無料

展覧会の詳細は、遠山記念館の展覧会情報で確認してください。

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