ハワイと青春の味だったN谷園の麻婆春雨が誕生した理由

新型コロナの憂鬱ゆううつを、何によって乗り切っているか。人それぞれ手法は違うかと思いますが、私の場合は、庭の草むしりでした。

コロナ時代の最初の春、マスクも消毒薬もトイレットペーパーも手に入らないという状況におびえつつ、私は草むしりに没入することによって、不安を精神から押し出そうとしていたのです。

一年が経ち、また草が勢いよく生い茂る季節がやってきました。マスクなどは手に入るようになったものの、コロナ騒動収束の気配はなし。デジャヴュ感を覚えつつ、私は今年もせっせと草むしりをしています。

そんな折、地面にはいつくばってドクダミと対峙たいじしている時に降ってきたのは、しのつく雨。雨が降る様子をしばし眺めていてふと気が付いたのは、

「春雨って、春の雨みたいだから春雨っていうのか‥‥」

ということでした。

皆はとうの昔から知っていることなのだと思いますが、何やら新しい発見をしたような気分になった私。確かに春雨って、雨みたい。詩的な名前だわね。‥‥と雨に濡れつつ思っていた私の頭を去来したのは、「麻婆春雨、それもN谷園のが食べたい」という気分です。

和田アキ子さんが長年コマーシャルソングを歌っていたことでおなじみの、N谷園の麻婆春雨。春雨をゆでて具材を混ぜればすぐにできる手軽な商品なのですが、これは私の青春の味なのでした。

ハワイの味

あれは、大学4年の時。部活のインカレも終わり、何とか就職も決まって、私は友人と初めてのハワイに行くことになりました。一番安い航空券を買い、宿泊はコンドミニアムで自炊をしよう、という計画です。

その時、スーツケースに入れていったのが、N谷園の麻婆春雨でした。料理などほとんどしたことがない我々、とりあえず手軽に食べられるものが欲しかったのです。

現地では、やはり日本から持っていったティーパックで麦茶を作り、冷蔵庫に常備。ご飯を炊いて、麻婆春雨を作って、これまた日本から持っていった大根のつぼ漬けを付け合わせに。現地スーパーで買った野菜のサラダを添えれば、完璧な食事の完成です。

コンドミニアムの窓からは、パーシャルではありつつも、ワイキキの海を見ることができました。青い海を眺め、貿易風を感じながらかき込む麻婆春雨ご飯の、何とおいしかったことか。

「日本で食べる時とは、味が違う!」

「湿度が低いせいかな」

などと言い合いつつ麦茶でご飯を流し込んだ後は、辛抱たまらずビーチへ‥‥。

ハワイのあまりの楽しさに、その後も我々は何度か連続して行ってしまったのですが、スーツケースの中にはいつも、N谷園の麻婆春雨と、麦茶のパックと、つぼ漬けが。そんなわけで麻婆春雨は我々にとって、青春の味であると同時に、ハワイの味なのです。

青春は二度と戻ってくるものではない

大人になってからは、しばらく麻婆春雨から遠ざかっていた私。しかし草むしりをしていた時にハタと春雨に思いが至ってあの味がよみがえってきたのであり、早速スーパーで入手してみました。

既に大人の私は、「ちょっとひき肉を足してみよう」「生のキクラゲも」「最後に青ネギの小口切りをパラパラ、っと」などとトッピングを増量していくうちに、ちょっと豪華な麻婆春雨が完成。食べれば確かにおいしいのですが、青春時代に何のトッピングも無しにハワイで食べた、あのちょっとジャンクな味わいとは、似て非なるものでした。

青春って、やはり二度と戻ってくるものではないのだな。‥‥と、大人の麻婆春雨で白いご飯を食べつつ、実感していた私。少し寂しい気持ちになりつつふと思ったのは、「麻婆春雨の本場というのは、やはり四川なのだろうか」ということです。

生粋の日本由来中華料理

四川は盆地で、湿度が高かったはず。だからこそカラッとしたハワイで食べると、味わいが違ったのかもね。‥‥などと思ってN谷園のHPで麻婆春雨の商品説明を眺めていると、衝撃的な事実がわかりました。何と麻婆春雨は、四川はおろか中国発祥の料理ではなく、N谷園の社員が発明した料理だというではありませんか。

時は、1970年代の末。N谷園の社長が思いついたのが、「ぶらぶら社員」という制度でした。ぶらぶら社員の任務は、

「出社は自由。経費も自由に使っていい。2年間、好きなものを食べてきなさい」

というものだったのであり、とある社員が選ばれて、日本全国から海外まで、食べ歩きの旅へと出ることになったのです。

ぶらぶら社員が旅の途中で食したのが、一杯の中華スープでした。それがとてもおいしかったのだそうで、彼の頭に浮かんだのが「ここに春雨を入れたら?」というアイデア。かくして1981年、麻婆春雨が発売されてヒット商品になったというではありませんか。

てっきり四川発祥の料理だと思っていたら、日本で開発されていたとは‥‥と、今さらながらに感動した私。実は、春の雨になぞらえて「春雨」という名前がつけられたのは日本においてという話もあるのであり、麻婆春雨は生粋の日本由来中華料理だったのです。 

そんな開発秘話を知って、ますます麻婆春雨への懐かしさが募る昨今。コロナが収まったなら、スーツケースに麻婆春雨(と、麦茶パックとつぼ漬け)を入れてハワイに行きたいものよ、と願っているのでした。

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。11月に「ガラスの50代」(講談社)を出版。

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