柚月裕子、新刊「月下のサクラ」で孤立無援の女性刑事が見つけた居場所

作家・柚月裕子さんの最新刊「月下のサクラ」(徳間書店)は、警察組織に巣くう不条理に立ち向かい、日々成長していく女性刑事の姿を描いた長編小説です。映画化された「孤狼の血」(角川文庫)や「盤上の向日葵ひまわり」(中公文庫)をはじめ、硬派な人間ドラマを数多く手がけてきた柚月さんに、本作に込めた思いなどを聞きました。

【ストーリー】米崎県警の刑事・森口泉は、捜査データの解析・プロファイリングをして事件を解決に導く捜査支援分析センター機動分析係への配属を志望し、実技試験に臨む。実技は失敗したかに見えたが、係長・黒瀬の強い推薦で、無事配属されることに。しかし、係のメンバーたちは、泉のことを特別扱いの「スペカン(スペシャル捜査官)」と呼び、冷ややかな視線を浴びせる。ある日、県警会計課の金庫から約1億円が盗まれていることが発覚。犯人は警察内部の者である線が濃厚となり、やがて殺人事件へと発展してしまう。

 新聞記事が執筆のヒントに

――本作は、「朽ちないサクラ」(徳間文庫)に続く「サクラ」シリーズの第2弾です。前作では、県警の広報担当の事務職員だった泉が、親しい警察官らの協力を得ながら、親友が殺害された事件の真相に迫り、警察官に転身する決意をします。本作では、それから約4年後、晴れて警察官として採用され、刑事になった泉の姿が描かれています。

元々「朽ちないサクラ」は、これ1冊で完結した物語で、シリーズ化の予定はなかったんです。その後、再び徳間書店さんから執筆の依頼をいただいたのですが、その頃、警察には捜査支援分析センターという組織があって、犯人逮捕に貢献していると書かれた新聞記事を読んで、関心を抱いていました。同じ時期に、広島の警察署の金庫から現金が盗まれた事件のことが新聞に載っていて、「捜査支援分析センターと、この事件を関連づけた物語が書けるな」と。そして、「そう言えば、徳間書店さんには、泉がいたよね」と思い出して、「朽ちないサクラ」の続編として執筆することになりました。

泉は、「朽ちないサクラ」では警察の事務職員でしたが、「月下のサクラ」では、捜査機関の一員としての責任をしっかり担わせようと。そして、志望の部署に配属されたけれど、周りに味方がおらず、孤立無援の状態だった泉が、やがて係のメンバーに認められ、自分の居場所を見つけるという物語にしようと考えました。

――警察組織、とりわけ体力がものをいう刑事畑は、いまだに男性優位のイメージがありますが、防犯カメラや監視カメラの映像分析などに当たる捜査支援分析センターは、女性の能力が十分に発揮できそうですね。作品の中でも、泉は持ち前の記憶力を発揮して、捜査データを読み解いていきます。

警察組織に限らず、今の社会では、体力以外の能力が求められる仕事が増えてきていますよね。今でも警察組織はまだ男性の活躍の方が目立つようですが、確かに捜査支援分析センターは、女性が活躍しやすい部署だなと、執筆していて感じました。

「月下のサクラ」を出版した柚月裕子さん

――柚月さんは、骨太な中年男性を主人公に据えた作品が多いですが、本作の主人公の泉は、33歳の女性です。女性の主人公を描くうえで、心に留めたことはありますか。

確かに、私の作品は男性が主人公のものが多くて、「月下のサクラ」は、数少ない女性が主人公の作品です。ただ、主人公が男性だとか、女性だとか、特に意識して小説を書くことは、あまりありません。男性であれ女性であれ、その人の努力と決断によってストーリーが動いていくようにと、いつも考えています。

前作で主人公を女性にしたのは、警察で広報の仕事をしている知り合いがいて、捜査権限のない事務職員だと聞いて、「警察組織には、そういう人もいるのか」と思ったのがきっかけです。捜査権限はないけれど、業務上、事件には密接に関係しているので、「広報の職員を主人公にして何か物語を作れないか」と。広報の仕事には、市民からの電話対応などもあるので、女性の職員にした方が、物語を動かしやすいと思いました。

――泉や上司の黒瀬をはじめ、機動分析係のメンバーが、警察組織を揺るがす事件の解決に執念を燃やす姿には、心をひかれるものがあります。

何かに覚悟を持って臨んでいる人間の姿を、私はすごく好ましく感じるんです。自分の信じる正義をひたすら追い求めていく姿を描きたい。自分の信念を守ろうとしている人間同士のぶつかり合いを描きたい。いつもそんなふうに考えながら小説を書いています。

家族は「柚月裕子」に興味がない

――柚月さんは、初めにプロットをきっちり固めたうえで、原稿を書き進めていくタイプの作家ですか。それとも、きっちり固めずに、書きながら物語を紡いでいくタイプですか。

絵画にたとえるなら、山の絵を描こうとすれば、最後は山の絵に落ち着くし、海の絵を描こうとすれば、海の絵が出来上がります。ただ、それが荒れた海なのか、なぎの海なのかは、描いていく過程で変わります。私の小説はミステリーというくくりなので、「ラストはこうだな」という当たりはつけるけれど、キャラクターの行動や考え方などは、当初のプロットから変わることがあります。書いているうちに、それまで気づかなかったことや想像していなかったことが頭に浮かんだりしますから。

「月下のサクラ」を出版した柚月裕子さん

――主婦業のかたわら、2008年に作家としてデビューし、今や押しも押されもせぬベストセラー作家です。そんな柚月さんを、成人した息子さんや娘さんは、どんなふうに受け止めていますか。

どうなんでしょう。デビュー前も今も、家族は私に対して、何も変わったところはありません。裁縫や編み物などを一人でやり始めることがよくあったので、小説を書き始めた時も、「また何か始めたんだな」といった感覚だったと思うんです。その流れで、「今も小説を書いているんだな」ぐらいにしか思っていないようです(笑)。家族が私の小説を読んだことがあるかどうかも知らないし、尋ねてみたこともありません。ただ、「孤狼の血」が映画化される時、娘に「松坂(桃李)さんが(映画に)出るの?」と聞かれたことはあります。家族は、作家の柚月裕子には一切興味がないみたいです(笑)。子供にとって私は、柚月裕子ではなく、ずっと母親のままなのでしょうね。

――今後は、どんな作品を手掛けていきたいですか。

これからも人間ドラマを描いていきたいですね。何かに一生懸命に立ち向かう姿や、前に進むために立ち上がろうとする姿こそ、人間の最も尊い姿だと思うんです。作品によってモチーフとなる事件は異なっても、そんな人間の姿を書き続けていきたいと思っています。

(読売新聞メディア局 田中昌義、写真も)

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柚月 裕子(ゆづき・ゆうこ)
作家

 1968年、岩手県生まれ。2008年、「臨床真理」(宝島社)で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。13年、「検事の本懐」(KADOKAWA)で第15回大藪春彦賞、16年に「孤狼の血」(KADOKAWA)で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞したほか、「慈雨」(集英社)で〈本の雑誌が選ぶ2016年度ベスト10〉第1位、「盤上の向日葵」(中央公論新社)で18年本屋大賞第2位を獲得。その他の著書に「パレートの誤算」(祥伝社)、「ウツボカズラの甘い息」(幻冬舎)、「あしたの君へ」(文藝春秋)、「暴虎の牙」(KADOKAWA)など。


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