町田そのこ、ベストセラー「52ヘルツのクジラたち」に込めた思い

作家・町田そのこさんの長編小説「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社)が話題を集めています。昨年4月に出版されると、「第4回未来屋小説大賞」や「『王様のブランチ』BOOK大賞2020」などを受賞し、今年の本屋大賞にもノミネートされました。多くの読者の心をつかんだ本作について、町田さんに創作のエピソードなどを聞きました。

【「52ヘルツのクジラたち」内容】
長年にわたって親から虐待を受け、心に深い傷を負っていた三島貴湖(きこ)は、家族の束縛から逃れ、大分県の古い一軒家に引っ越す。穏やかに暮らすつもりだったのに、地元の人たちの無遠慮なまなざしにさらされてうんざり。ある日、貴湖は一人の少年と出会う。彼は言葉を理解できるが、発することができない。いつもおびえている様子から、貴湖は少年もまた虐待されているのではないかと思う――。家族に人生を搾取されてきた女性と、母親に虐待されている少年が出会い、絆を深めていく。

冒頭の一文で、まず自分を殴りつける

――タイトルにある「52ヘルツのクジラ」は、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴くため、仲間に声を届けられない「世界で一番孤独なクジラ」と言われています。この作品を書いたきっかけを教えてください。

5年ほど前、デビュー作(「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」)を執筆するため、海洋生物を調べていた時に、「52ヘルツのクジラ」と呼ばれているクジラがいることを知りました。このクジラの存在が、常々気にしていた児童虐待問題や、LGBT(性的少数者の総称)の問題にすんなり結びついて、書いてみたいと思いました。でも、デビュー作は短編連作と決めていたし、いつか「長編を書ける」と自信がついた時まで取っておこうと思ったんです。出版社から長編の依頼をいただいた時、引き出しにしまっておいた「52ヘルツのクジラ」を取り出しました。

――舞台を大分にしたのはなぜですか。

福岡県内にある私の自宅から大分の別府まで車で1時間ちょっとで、とても近いんです。大分の高校に進学した同級生もいて、とても身近な土地です。むかし、祖父母が「大分の海には時々クジラが迷い込んでくる」と話してくれたこともあり、舞台を大分にしました。これまでの作品は、架空の町を舞台にしていました。知っている町を書いてみたら、すごく筆がのったというか、「あ、こんなふうに書けるんだ」と驚きました。これからは、地元・福岡の話も書いてみようと思っています。

――物語は「明日の天気をくような軽い感じで、風俗やってたの? と言われた」の一文から始まります。1行目のセリフが強烈で、主人公の置かれている環境や立場が一瞬にして想像できました。

以前、桜庭一樹さんの「私の男」を読んだとき、冒頭の「私の男は、ぬすんだ傘をゆっくりと広げながら、こちらに歩いてきた」という一文にグッときたんです。胸元をつかまれて、物語の中に引きずり込まれたような感覚でした。「物語の最初の一文ってこんなに強いんだ」と、衝撃を受けました。私も読み手を飽きさせないように、1行目から「殴りつける」つもりで書いています。自分でも、「何だこれ」と思うような一文を据えて、「ここからどう展開しようか……」と考えます。まず自分を殴りつけてから、書いていきました。

――あらかじめ物語の構成や展開を考えないのですか。

本作に関しては、細かいプロットを考えませんでした。担当の編集さんには、第1章を書いて、「こんな感じでいいですか?」と聞いて了解を得ました。そこからは、「どう転がそうか」と考えながら書き進めました。書きたいシーンがあって、そこを到着駅とすると、途中の線路はぐにゃぐにゃしているんです。「このエピソードは必要だな」「これは描写しないといけないな」というシーンを拾いながら線路を走る感じです。物語の終盤、一人の人間を助けて生かす道筋がついた時、「たどり着いた」という喜びを感じました。

修業のため、桜庭さんの「私の男」を丸々1冊タイプしました

――いつ頃から作家を目指したのですか。

小学生の時、ひどいいじめに遭っていて、学校に行くのがとてもつらい時期があったんです。親が厳しくて、「何があっても学校には行きなさい」と言われていましたし、いじめに遭っていることを告白する勇気もなかった。だから泣く泣く通っていました。学校では、母に薦められてから大好きになった氷室冴子さんの本をずっと読んでいました。物語に集中することで辛さが和らぎましたし、また、氷室さんの新刊を待つことで明日を楽しみに出来ました。学校でどれだけ嫌なことがあっても、頑張れました。氷室さんが命の恩人と言ってもいいくらいです。作家になって、氷室さんに会うことが夢でした。

大人になって結婚し、子育てに追われて、ふと「私、何やってるんだろう」って思っていた時、氷室さんが亡くなったことを知ったんです。作家になって、氷室さんに会う夢はもうかなわない――。氷室さんには永遠に会えないけれど、作家になることだけはまだかなうかもしれない。それで、作家を目指したんです。まず、携帯小説から始めました。

――子育てしながらの執筆は大変だったのでは。

子どもが小さかったので、左手でだっこして寝かしつけながら、右手で携帯を打って投稿していました。子どもが、なかなか寝てくれないんですよ。でも、カチカチ携帯を打つことが、「子どもが寝ない」というストレスを解消してくれました。

私の携帯小説はまったく人気が出なくて、他の執筆者の作品が書籍になるのを、指をくわえて見ていたんです。そんなとき、小説仲間の一人が「あなたは、一般文芸の方が向いてるんじゃない?」と言って紹介してくれたのが、新潮社の「女による女のためのR-18文学賞」でした。

原稿用紙30~50枚、ネットから応募できて、1人3作までOK。「何て垣根が低くて懐が広いの!」と思って応募したんですけど、一次選考にもひっかからなくて。「まだ全然足りてないんだな」と思って、修業というか、独学で小説の勉強をしました。2年後に再チャレンジして、大賞をいただきました。

――どういう勉強をしたのですか。

それまでは、好きな作家の好きな作品しか読まなかったのですが、あえて避けてきた作家の作品を手に取りました。例えば、小山田浩子さんの「穴」や「工場」を読んだ時、気づきが多かったです。やはり最初の一文につかまれて、あとはジェットコースターのような展開なのに、最後の着地はきっちり決まっている。「かっこいい」と思いました。それから、桜庭さんの「私の男」を最初から最後まで、丸々1冊タイプしました。すごくしんどかったけど、物語の流れとか構成とか、引きつけられる一文が身につきました。「私だったら、こうするのに……」と思った箇所が、数ページ後には「なるほど、こうなるのか」と伏線に気づく瞬間がある。勉強になりました。でも、もう1冊やる根性はないです(笑)。

家が汚くても死なないから

――仕事とプライベートの切り替えはどうしていますか。

執筆するのは、朝起きてから夕方の6時までと決めています。パソコンをリビングの机の上にドンと置いて、家事の合間に思いついたら書くようにしています。ただ、仕事が忙しいと、家の中が汚くなりますね。家事全般がおろそかになり、夏に洗濯機を回していたことを忘れて、洗濯物が臭くなったりとか、お肉をレンジで解凍しているのを忘れて腐らせたりとか、そんなことはしょっちゅうです。作家として本を出すまでは、両親にも「子育てに専念しなさい」と言われていました。最近は、応援してくれています。子どもたちは、私の仕事を理解してくれていて、「家が汚くても死なないから」と言って、みんな平気にしていますね。家族に支えられています。

――お母さんが勧めてくれた「クララ白書」が、作家になるきっかけになったわけですから、お母さんも喜んでいるのでは?

喜んではいます。でも、私の作品を読みはしないんです。今一つ信じられないというか、「娘が作家になるなんて」と思っているみたいで。娘の小説だと思うと、「お尻がかゆくなる」そうです(笑)。母の中では、いつまでもだらしなくて、ぐーたらな娘なんでしょうね。

「魂の番」に込めた思い

――本作に出てくる「魂のつがい」という言葉がとても印象的でした。

「魂の番」には出典がなく、書いているうちにたまたま出てきた言葉です。集団の中にいても感じる孤独ってありませんか? みんなで楽しく話していても、自分はすごく寂しくて孤独を感じている……。一緒にいなくても、いつも寄り添ってくれている相手が存在すれば、一人でも孤独は感じないんじゃないか。それは、恋人であったり、友人だったり、家族だったりするかもしれない。「そういう存在を総称する言葉はないかな」と思った時に、「魂の番」が浮かびました。イメージは欠けたハートで、「魂の番」はその欠けた部分を埋めてくれるんです。

――主人公の貴湖も少年も、「52ヘルツのクジラ」のように、「魂の番」を求めて「声なき声」で鳴いていたのかもしれません。

貴湖はたくさんの人に助けられてきました。だから、今度は少年に手を差しのべました。与えてもらうだけでは、人は幸せになれないんです。たくさんもらったら、今度は誰かに与える側にならないと。私は、氷室さんの本に生きる力をもらいました。だから、私も人を支えられるような小説を目指しています。読んだ後に「よかった。あしたも頑張ろう」と思える作品を、ずっと書き続けていこうと思っています。今後は、胸がきゅんとする恋愛小説や、笑って幸せになれるコメディーを書いてみたいです。

(取材/読売新聞メディア局 後藤裕子)

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町田そのこ(まちだ・そのこ)
作家

 1980年生まれ。福岡県在住。2016年、「カルメーンの青い魚」で、第十五回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。17年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。他に『ぎょらん』(新潮社)、『うつくしが丘の不幸の家』(東京創元社)がある。

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