今は会わない? 今こそ会う? コロナ禍が変えた人間関係

新型コロナウイルス対策で1都3県に発令されていた緊急事態宣言は、今月7日の期限がさらに2週間延長されるなど、まだ安心して外出できない状況が続いています。友人とお出かけすることについて、昨年の春頃には「今だけの我慢」と思っていたのに、コロナ禍が長引き、「いつまでこんな制約のある毎日が続くのか……?」とモヤモヤしている人も多いのではないでしょうか。コロナ禍でストレスを抱え、それが人間関係に影響を及ぼすケースもあるようです。今回は、海外の事情とも比べながら、「新型コロナと人間関係」にスポットを当てます。

若い人の切実な叫び  コロナ禍でも「今しかできないこと」はある

先日、あるテレビのニュース番組で「コロナ禍の今、どういうことを自粛すべきか」というテーマの報道があり、その中で、大学4年生の女性の「『卒業旅行をするな』というなら、2~3年後でいいので、新型コロナが収まった後、今の大学4年生に2週間ほど休みをください」という声が紹介されました。そして、ある若者がこの大学生のコメントが映ったテレビ画面のスクリーンショットを、「ほんとこれ」のコメントとともにツイッターに投稿したところ、5万回近くもリツイートされ、25万回以上の「いいね」が付いたのです。

筆者は若者ではありませんが、この大学生の言葉には共感してしまいました。コロナ禍の前に青春期を過ごした人たちは、若い人たちに対して比較的気軽な気持ちで「今はコロナ禍だから我慢をして、コロナ禍が終わったら活動を再開させればいいじゃない?」などと言いがちです。

確かに、感染のことを考えると、今はアクティブに活動しないに越したことはありません。でも、「コロナ前の世界」で自由を謳歌してきた人が、若い人に“上から目線”で「自粛すべき」と正論を振りかざすことには注意したいなと思いました。

大学生にとっての「卒業旅行」のように、「今しかできないこと」はやっぱりあるのです。コロナ禍が終息した何年か後には、今の大学生の多くは社会人になり、多忙になっている可能性が高いでしょう。その時に、大学時代の友達が顔をそろえて旅行できるかどうかというと、現実的には難しいと思うのです。テレビで紹介された大学生の発言は、まさにそういった矛盾をズバッと指摘するものでした。

コロナに対する考え方の違いで友人と疎遠に

 掲示板サイト「発言小町」には、「コロナに対する友人との考え方の違いで疎遠」というトピックが立っていました。投稿者は、仲の良い友達との会食中に、「田舎に住む両親が高齢なので、自分は帰省していない」と話したところ、友達に「もうウィズコロナの時代なのに」「それじゃ永遠に会えないよ」「無理にでも帰りなよ」などと繰り返され、「何度も同じこと言われても困るんだけど」と反論。お互いにムッとした気持ちのまま、会がお開きになってしまったとのことです。まさに、コロナ禍がもたらした人間関係のトラブルと言えるでしょう。

筆者はこのトピを読んで複雑な気持ちになりました。高齢の親に関しては、感染のことを考えると、「今は会わない」が正解なのは確かにその通りです。その一方で、高齢の親が離れた所に住んでいて、このまま何年も会えない間に、もしものことがあったらと、不安になっている人もいます。

筆者にも海外に住む高齢の親がいて、まさにそんな不安を抱えています。「今、我慢すれば、コロナ禍が明けた時に、みんなに笑顔で会える」。昨年の春、筆者はそう自分に言い聞かせていました。しかし今は、「コロナ明けに、本当に家族全員が元気でいるのか。そして笑顔なのか」について、自信が持てなくなってきました。

海外に行きたい若者VS行かせたくない親

 ヨーロッパでもコロナ禍が人間関係に影響を及ぼしています。例えば、筆者の出身国のドイツでは、昨春のロックダウン(都市封鎖)の時には、学校が全面的に休校になりましたが、現在の2回目のロックダウンでは、休校になっていません。ドイツのママたちには、「子供が学校に通うことは、子供の権利だから」と、現状に賛成している人もいれば、「感染のことを考えれば、休校にしてホームスクーリングにしたほうがいいのに」と疑問を抱いている人もいて、両者の間には見えない溝があるといいます。

また、ドイツでは現在、医療用マスクの着用が法律で義務付けられています。ただ、国民全員がマスク着用に賛成しているわけではありません。人の目が届かないところでマスクをせずに大人数が集まるといった問題も起きており、いまだにマスク着用に反対という人が少なくありません。家族の中に「マスクを着けて感染防止を真剣に考えている人」と「マスクに反対の人」がいる場合、同じ家族であっても分かり合うのは難しいようです。

写真はイメージ

コロナ禍の前、ドイツでは、若い人が海外に長期滞在することは珍しくありませんでした。今、ドイツの若者の一部には、「コロナ禍でも、留学やワーキングホリデーで海外に行きたい」と考える人がおり、実行している人もいます。そういったことが、「今行くなんて信じられない」と親世代の怒りを買うことがあります。

しかし、若者たちは「ドイツにいても海外にいても、コロナ禍であることに変わりはないのだから、それなりの経験を『今』しておきたい」と考え、PCR検査や自主隔離をしてでも海外で過ごしたいという強い気持ちを抱いています。これは、はじめに紹介した日本の大学生の「卒業旅行」に関する意見と似ている気がします。卒業旅行が「学生の今しかできないこと」であるならば、ワーキングホリデーには「30歳以下」といった年齢制限もありますし、「若い今しかできないこと」なのです。

「コロナ禍が終わったら会える」は本当?

筆者は、ちまたでよく聞く「コロナ禍が終息したら、友達にはいつでも会える」は、あくまでも願望のような気がするのです。本当にコロナが終息したら、仕事が多忙になる人もいるでしょうし、子育てをしている人は子供関連の用事や催しもまた増えるでしょう。確実に「自分の交友関係」に使える時間は減ります。そう考えると「コロナが終わったら会える」というのは希望としては分からなくはないのだけれど、もしかしたらあまり現実的ではないのかなという気もします。

筆者自身は「コロナがこの世から完全に消えるまで家にこもる」ことは難しいと感じるようになりました。画面越しではなく友人と会って過ごす時間は、やはり何事にも代え難いことだと感じています。だから、会う際には、いろいろと工夫をするようになりました。レストランやカフェで会う時は、「外の席」があるお店を選びます。寒い日に、お互いに使い捨てカイロを付け、厚着をしながら外に座っている姿は、コロナの時代でなければ、なかなかシュールな絵かもしれません。

オープンカフェのような「外の席」に座り、マスクをしながらおしゃべりをし、スイーツや料理が運ばれて来たら、無言で食べる。食べ終えたらまたマスクをして楽しく歓談。慣れてくると、これが一つのルーティーンのようになり、特に苦に感じなくなりました。食べている間、お互いに無言になっても、そこで生じる「」が気にならないのは、気心が知れた関係だからこそなのかもしれません。

「コロナが終息したら会おうね」もよし。「気を付けながら会おうね」もよし。今こそ、人間関係には柔軟性が求められているのかもしれません。

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サンドラ・ヘフェリン
サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト

ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住23年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「多文化共生」をテーマに執筆活動中。ホームページ「ハーフを考えよう!」
著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「体育会系 日本を蝕む病」(光文社新書)、「なぜ外国人女性は前髪を作らないのか」(中央公論新社)。


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