楽しそうに髪を切る人のいる美容室に行きたくなるワケ

Zoomをつなぐと、編集さんの髪色が真っ赤だった。驚いた会議の参加者に「え、リアルにその色ですか? フィルターとかでなく?」と聞かれた彼女は、「リアルに赤ですよ~」とにこにこしている。公園の遊具みたいな鮮やかな赤はあかるい彼女によく似合っていて、つい昨年末まで黒髪だったのを知っているにもかかわらず、ずっと前からその色だったみたいだと思った。そう伝えると、「担当してくれた美容師さんがすごい楽しそうに切る人で、気づいたらこうなってたんですよね~」と言う。気づいたら赤はすごいなとちょっと笑ってしまったけれど、「楽しそうに切る人」か、たしかにいるなあ、と思う。

「店員にも人生はありますからね」

先輩店員が客の前で後輩を叱る店がむかしから苦手だ。学生のころ、実家の最寄り駅においしいラーメン屋があったのだけれど、注文をとりにくる高校生くらいの店員が最初は穏やかに「はい」とか「醤油しょうゆとんこつひとつですね」と言ってくれていたのに、「もっと声出してこうや」と先輩店員に謎の教育をされ、どんどん声が大きくなっていくのがつらかった。何度か通ううちに「はい」は「ッアーーイ!」に、注文の復唱は「醤とん一丁ォオーーーウ」に変わった。店では常に先輩店員たちのどなり声が飛び交っていて、新人や若いバイトの人たちはいつもおびえた顔で厨房と客のいるテーブルとをきょろきょろ見比べていた。奥のテーブルで小さくなって醤油とんこつを食べていると、店員たちの怒声や視線がからまり合ってできた大きな蜘蛛くもの巣が天井に張り巡らされているような陰鬱いんうつな気持ちにだんだんとなってきて、気づけばその店から足が遠のくようになってしまった。

そんな話を近所の飲み屋でしていたら、店長のNさんが「飲食店のバイトは人間扱いされなくて当然みたいな風潮あるじゃないですか。あれが僕ほんといやでねえ」と言う。Nさんの店は小さなバーで、平日でもすぐにカウンターが埋まるような人気店なのだけれど、「不定休」を掲げていて、断りなくほんとうに突然休む。ふだんはNさんともうひとりのバーテンダーで店を回しているが、お互いの休みの希望が重なったり、どちらかが体調を崩したりしたときは遠慮なく店を閉めさせてもらいます、とNさんは言う。前々回のエッセイでも書いたとおり、緊急事態宣言中は彼の(言うなれば)美学にしたがってできるだけ店を開けるようにしているわけだけれど、「自分たちが開けたいから開ける、というのが基本です」とNさんは強調する。「お客さまのための店ですけど、店員にも人生はありますからね」。

「気の合わない店」には行かないと決めた

さいきん、店員の人たちがみな萎縮いしゅくせずにのびのびしていて、休みもきちんと取れていそうと思える店にしか顔を出さなくなった。たとえば近所の蕎麦そば屋はいつ行っても店員同士が厨房で和気あいあいと中村倫也の話をしているし、通っている美容室は新人でもふつうに遠慮せず長期休暇をとれる空気がある、と聞いていいなあと思っている。反対に、冒頭に書いたラーメン屋のような店や、この人いつ休んでるんだ、めちゃくちゃ似ている双子であってくれ……と心配になってしまうくらい連続出勤している人がいる店にはほぼ行かない。

自分でもすこし極端な態度だとは思いつつも、私たちはもともと「おいしさ」とか「親切さ」、あるいは「サステナビリティー」とか「社会貢献性」みたいなものを指標に店を選んでいるわけだから、そういう指標で支持・不支持を表明するのもべつに不自然なことではないだろう、と思う。私は店員にとっての環境よりも客に対するホスピタリティーを優先させるべきと考える店とは気が合わないので、行かない。ここ数年でようやくそれをはっきりと思えるようになって、「この店おいしいけどなんか空気よどんでるんだよな……」というモヤッとした気持ちを抱えることが減り、勝手ではあるけれどずいぶん楽になった。

私がいま髪を切ってもらっている美容室は、ショートやボブならこの人、パーマならこの人、カラーならこの人……という感じで美容師ごとの得意分野や好きな分野がはっきり分かれていて、客から見てもオーダーしやすくありがたい。いま担当してくれている美容師のAさんはほんとうに楽しそうに切る人で、ボブにするために私の毛先を切りそろえているとき、「あ~いいなあ」「あたしも切りたいなあ」「かわいいなあ」とずっとつぶやいている。ついこちらまで「いいですよね」「かわいいですよね」と言ってしまうのだけど、そう言い合っているときの気分は、自分の髪型やビジュアルについて言及しているというよりも、道端を通りかかった犬や展覧会の絵を並んで眺めているときに近いような気がする。Aさんに髪を切られていると、あまりに楽しそうだから、もう好きにやっちゃってくださいと言いそうになる。だから、気づいたら髪が真っ赤になっていた編集さんも、たぶんこういう感じだったんじゃないだろうかと想像している。

ちなみに、同じ美容室にいるKさんというスタイリストは、ヘアカラーが好きすぎて美容師になったという異色の人だ。大学の理学部化学科出身で、色の変化を毎日見たいという理由で美容師を志したと聞いている。いちど、Aさんがお休みだったときにカットのみをオーダーしたことがあるのだけど、「カットだけですいません」と言ったら「まあ……仕事ですからね!」と返され、おもわず爆笑してしまった。そんなことわざわざ素直に言わなくても、と思う人もいるかもしれないが、私はKさんぐらいカジュアルに「仕事ですからね感」を出せる人が多い社会のほうが楽なんじゃないか、そうなったらいいなあ、と思うほうだ。だからきょうも、せっせと自分の好きな店に通う。

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生湯葉シホ
生湯葉 シホ(なまゆば・しほ)
ライター/エッセイスト

 1992年生まれ、東京都在住。Webを中心に取材記事の執筆やエッセーの執筆をおこなう。ブログ:yubalog.hatenablog.com Twitter:@chiffon_06

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