史上初めて「直木賞」と「本屋大賞」をダブル受賞した恩田陸さんの小説「蜜蜂と遠雷」が映画化され、10月4日から全国で上映されます。国際ピアノコンクールを舞台に、若き天才ピアニストたちの苦悩や葛藤、成長が描かれます。コンクールで優勝の大本命とされるマサルを演じた森崎ウィンさんと、謎の天才少年・風間塵を演じた新人俳優・鈴鹿央士さんに、それぞれ役作りや映画の見どころについて聞きました。
監督に打ち明けた「マサルはできない」
――出演が決まる以前に原作の小説を読んでいたそうですね。

森崎さん 読書家というタイプではありませんが、直木賞と本屋大賞をダブル受賞したことと、音楽をテーマに扱っていることで親しみやすいと思いました。とても分厚い小説でびっくりしましたが、読み始めるとストーリーにぐいぐい引き込まれました。活字から音楽が流れてくるようで、想像力を刺激されました。読みながら「映画化したらいいのに」と考えていました。
――実際にマサルを演じることになりました。
森崎さん まさか、一番あり得ないと思っていたマサルをやることになるなんて、思いもしませんでした。原作を読んでいたので、石川(慶)監督に「マサルはできない」と伝えました。マサルは幼いころからピアノの英才教育を受け、見た目もカッコイイ。名門の音楽大学に在籍する王子様キャラ……。自分を鏡で見て、「ない、ない、ない、ねえな」と。原作ものの実写化は、ファンの期待が大きいだけに怖さもありました。でも、「森崎ウィンのマサルをやってくれたら十分。むしろ、そこを求めている」と監督に言われ、気持ちを切り替えることができました。
新しい表現を切り開く姿勢に共感
――海外(ミャンマー)出身で音楽活動をしている森崎さんとマサルは共通点が多い。
森崎さん マサルは喜怒哀楽をはっきりと出すタイプではなく、心情を読み取れるシーンがほとんどありません。ただ、表現者として内に秘めたものを抱えています。クラシック音楽の長い歴史の上で、敷かれたレールを進むだけではなく、表現の自由を追い求める気持ちをたぎらせています。新しい表現を切り開いていくのは、相当なエネルギーが必要です。音楽活動をやっていると、しんどいと思うことがあるのは、よく理解できました。
――役作りで難しかったところは?
森崎さん マサルと自分は、刻むテンポが違うと感じました。僕自身は会話のやりとりや間の取り方が反射的で速いと思います。一方、マサルは一回言われたことをかみ砕いたうえで、一つひとつ丁寧に言葉を発します。フランス人の父とペルーの日系3世の母を持ち、多言語を使うマサルは、言葉を脳内で変換する時間があるのかもしれません。だから、テンポを落とすために、一度セリフをミャンマー語で考えてみたりしたこともあります。

――撮影中、ほかの俳優とはどのような雰囲気でしたか。
森崎さん 青春映画のように和気あいあいという感じではありませんでしたが、かといって、ギスギスしたような雰囲気でもありません。実は撮影中、ピアノを演奏するシーンのとき、「そういえばあんまり人と会話をしていないな」と感じたことがありました。それぞれが、自分と向き合っている時間が長かったんだと思います。ピアノの音を通して、会話をしていたのかもしれません。
両親にミャンマーで家を買いたい
――家族や結婚について、どのように考えていますか。
森崎さん 今は、結婚願望はありません。自分の家庭を持って、きちんと責任を果たせるわけがないと思っています。小学生のときに、ミャンマー人の両親が日本に連れてきてくれたから、今の自分があります。両親の姿を見ているので、家庭を持つことの苦労も分かります。まずは、両親に恩返しをしたい。ミャンマーで家を買ってあげて、一生安心して住める場をプレゼントしたい。両親に楽をさせてあげたいんです。
――結婚相手に求めることは。
森崎さん 僕を信じてくれる人がいいですね。他人からはポジティブに見られがちなんですが、実際はすぐに傷つくし、よく落ち込みます。内心はズタボロになっていることもあります。そんなときに、「ウィンなら大丈夫だよ」って言ってくれる人がいいですね。それと、褒めてくれる人かな。
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鈴鹿央士が「謎めいた天才少年」

――鈴鹿さんは、100人を超えるオーディションで風間塵役に抜擢されました
鈴鹿さん オーディションの台本には、塵は天真爛漫でフランス在住、家にピアノがなくて、お父さんが養蜂家で、移り住んでいくところどころでピアノを弾く。そして、音楽の大家ホフマン先生と交わした約束として「音楽を外に連れ出す」というような言葉が書いてありました。「どういうことだ?」と思いましたが、事務所の社長や周囲の友人からは、「この役に合っている」とか「これ、央士じゃん」と言われ、「そういうふうに見えるんだなあ」と不思議な気持ちでした。
――ピアノの演奏シーンがあります。
鈴鹿さん 小学校の授業でオルガンや鍵盤ハーモニカを演奏した記憶はあります。ピアノは音楽室に置いてあって、人さし指で触れたくらいですね。撮影に入る3か月前からピアノの練習を始めました。電子ピアノを借りて、自宅でも弾きました。ピアノの先生から「ピアノの前に座った姿だけで練習した時間が分かる」という話を聞きました。映画を見た人に「やってないな」と思われたくなかったので、ピアノの前に座って、ただ鍵盤を見つめているだけということもありました。とにかく、ピアノと一緒にいる時間を作るようにしていました。
鈴木福君からもらったアドバイス

――謎の天才少年という役を演じました。
鈴鹿さん 監督や助監督からは「普段のその表情、そのしぐさが現場で出るといいね」と言われました。だから、このままでいけるのかなという気持ちでした。役作りって、ちゃんとできていたのかなあ……。でも、それほど違和感なくできたように思います。オーケストラをバックに大勢の観客の前で演奏する場面で、とても緊張していたのに、実際に演奏が始まるととても楽しくて、塵の気持ちが分かった気がしました。できあがった映画を見たら、塵が楽しそうにピアノを弾いていたのでうれしくなりました。
――初めての映画撮影の現場はいかがでしたか。
鈴鹿さん 「ああ、カメラのこっち側にいるんだ」としみじみ思いました。撮影現場って、俳優さんがベンチコートを着て、ディレクターズチェアに座るというイメージがあったので、実際に僕もやってみました。今までテレビや映画で見ていた俳優さんの姿に、「あっ、あの人だ」って興奮していました。ある時、仲良しの鈴木福君に「いちいち『ワーッ、芸能人だ』って言っていたら、いつまでも仲良くなれないよ」とアドバイスをもらいました。
「ごはんをおいしそうに食べる人が好き」
――お気に入りのシーンはありますか。
鈴鹿さん コンクールで、塵がライバルの亜夜(松岡茉優さん)と2人で演奏する「連弾」のシーンです。塵が亜夜に「世界中でたった一人でも、ピアノの前に座ると思う?」と尋ねる場面があります。「えっ?」と思うようなセリフで、最初は戸惑いましたが、監督から「央士君が言うと、違和感なく耳に入ってくるよ」と言っていただきました。連弾の練習もたくさんしたので、とても思い入れのあるシーンの一つです。
――師弟関係や家族もテーマになっています。
鈴鹿さん 岡山から上京し、親元を離れてみて、家族の大切さを実感しています。近くにいると当たり前になってしまい、そのありがたさに気づきませんでした。オーディションに行く前に、家族LINEへ「行ってきます」と書き込んで、「がんばろう」と気持ちを引き締めました。仕事でも、「これをやり遂げたら、がんばった思いが家族に届くかな」と思いながらやっています。家族の存在がエネルギーの源になっています。
――好きな女性のタイプはありますか。
鈴鹿さん ごはんをおいしそうに食べる人が好きです。女性だと、ダイエットの心配もあると思うんですが、こっちが心配にならない程度には食べてほしい。一緒に食事をしていて楽しい人がいいですね。
『蜜蜂と遠雷』
10月4日(金)全国ロードショー
監督・脚本・編集:石川慶
出演:松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士ほか
原作:恩田陸「蜜蜂と遠雷」(幻冬舎文庫)
配給 東宝