アイドル全盛期の1980年代、はっぴにハチマキ姿でアイドルを応援する「親衛隊」と呼ばれる若者たちがいました。このほど、小泉今日子さんの親衛隊の少年たちを主人公にした小説「オートリバース」(中央公論新社)が出版されました。当時を知らない世代でも、親衛隊の活動に情熱を注いだ少年たちの思いにグッとくる青春物語です。著者でクリエーティブディレクター・CMプランナーの高崎卓馬さんが、親交のある女優の蒼井優さんと「アイドル」について対談しました。
十数年来、映画や本を推薦し合う
――高崎さんと蒼井さんは、いつごろからのお知り合いなのですか?
高崎さん 最初に仕事で会ったのは、もう十数年前になります。ナツイチのキャンペーンか、ハチクロの映画を手伝っていた時でしたか。
蒼井さん 映画「ハチミツとクローバー」(2006年)ですかね。そのあと、イメージキャラクターを務めた「夏の一冊(ナツイチ)」(集英社文庫キャンペーン)でもお世話になって。
高崎さん それからわりと変わらない関係のまま。映画とか小説とか面白いものがあると教えあったりして。(蒼井さんに)推薦してもらうものはほぼいつも間違いなく面白い。完全に僕がどんなものが好きか把握されてる気がします。
蒼井さん 今回、「オートリバース」を読ませてもらいました。どうしても聞きたい!と思ったのから聞いちゃっていいですか?
高崎さん どうぞ、どうぞ。
蒼井さん 物語を動かすファクターがいくつかありますね。読み進むうちに、どこまでが実話なの?と気になりました。
高崎さん 取材にはかなり時間をかけました。自分のなかで絵が浮かぶまで都合よくは書かないようにして。小説なので完全にフィクションなんですが、あの時代のリアリティには細心の注意を払いました。自分の思い出だけで書かないように。小泉今日子さんと話をしているときに当時の親衛隊の少年たちの話が出て、「いい話なんだけど、どこにも何も残っていないの」と言われたのがきっかけでそれを書いてみたいと。それから10年近く物語を温めていました。テレビ局の駐車場でのエピソードは本当にあった話で、そのことを話す小泉さんの表情が忘れられないです。
80年代 中学生のころはキョンキョンファン
蒼井さん なるほど。ちなみに、80年代では、高崎さんはだれのファンだったんですか。
高崎さん 間違いなく、キョンキョン(小泉今日子さん)です。その次が原田知世さんかな。でも下敷きにいれてたのはカルチャークラブのボーイ・ジョージ。当時の僕はボーイジョージをなんて綺麗な人なんだ!って思ってて。ボーイでジョージなんだから男性だって気がつきそうなものだけどまったく気がついてなかった。
蒼井さん 今はすぐにネットで調べられちゃうから、間違えること自体ができないのに(笑)。
高崎さん いや~、ウブでしたね。でも、80年代の話って調べれば調べるほど面白くて。当時怖かった不良たちが、考えられないほど大人だったんだなあと気づいたり。あの頃の自分は本当にどうしようもない小さな拠り所のない存在で、思い出すだけで胸がかすかに痛くなったりするんですけど。
――蒼井さんは、親衛隊という言葉はご存じでしたか。
蒼井さん どんな応援をしたとか、リアルに知っているわけではないけれど、存在自体は小泉さんから聞いて知っていました。でも、異性のアイドルを応援する気持ちって、どうなんだろう?って、ちょっとわからない部分もありますけど。
高崎さん 誰の手も届かない存在だから安心して疑似恋愛できる、というのもあると思います。だから妄想して……。「もしこの部屋にあの人がいたら」「もし付き合ってくれとか言われたら」とか無駄なことを考えまくる(笑)。ところで、蒼井さんはアンジュルムという女性グループの大ファンだと聞きました。ムック本の編集までしたそうですね。
アイドルにハマる心情 名前が残らなくてもいい
蒼井さん 自分でも“オタク”と思うほど、ハマってます。アンジュルムは、ハロー!プロジェクトに所属するアイドルグループです。ほかのグループの歌も聞きますが、単独コンサートに行くのは、このグループ以外にないと決めています。操を立てているんです。
高崎さん アイドルは偶像とも言いますよね。何でそういう存在って必要なんでしょうか。
蒼井さん ファン同士で話をすると、絶対にネガティブな方向に行かないというか。心の中でがっしり握手をする感じになります。「アンジュルムック」という本を編集したときも、どうやったら彼女たちの魅力を輝かせられるか。そのことだけに心を砕いていました。私の名前と、ダブル編集長を務めた(女優・モデルの)菊池亜希子ちゃんの名前、両方とも本の帯だけにしかない形にして。帯を取ってしまえば、残らないでしょう。それでいいんです。
高崎さん 名前が残らなくても?
蒼井さん ええ、(彼女たちには)息もかけたくないと思うほどですよ。それだけ大切にしたいという思いがあるから、応援していられるのだと思いますよ。高崎さんの小説の中にも、ファンが小泉さんのことを「ちょっと苦しそうに歌う、その息継ぎが好き」と言う場面ありましたよね。応援したくなる気持ちを背負ってくれる人だからアイドルというか。
高崎さん そうそう。人が人を好きになる気持ちって、止められないものですよね。
――蒼井さんは、「オートリバース」をどんな方に薦めたいですか。
蒼井さん この小説は、中学時代の夏の晴れた日を思い出すだけで、グッと来ちゃう。そんな人に読んでほしいですね。私たちは「ザ・ベストテン」の世代じゃないけど、毎週楽しみにしていた番組があるっていう感覚は、わかります。学校に行って、「昨日見た?」と何げなく話せる。そういう会話がいかに貴重だったか、今ならわかる。そんな人に読んでほしいです。
高崎さん 僕ら「ザ・ベストテン」をリアルタイムで見ていた世代にとっては、懐かしいことが多いかもしれません。ランキングを見ていると、当時は同じ番組の中で演歌もやれば他のジャンルのヒット曲も放送する。だから他の人が何を好きなのかを同時に感じ取ることができる貴重な場だったんだなあとあらためて気がつきます。自分とは違う価値観で世の中が動いていることをそういう形で知ることがあの頃はできたんだなあと。それが今はどんどん自分の好きな世界だけしか目に入らなくなって、閉じこもっていく構造にどうしてもなっている。その差もすごく感じながら書きました。
何げない日常・取り戻せない時間…人はなぜのぞきたくなるか
蒼井さん うーん……。でも、どうして人って、取り戻せない時間をもう一度、のぞきたくなるんでしょう。何なんでしょうかね、この感覚。自分が10代や20代だったときには、まさか年下のアイドルを好きになるなんて、思いもしませんでした。取り戻せない時間をもう一度、のぞく行為。私はたぶん、それをアイドルに対してやっているんですね。自分にはなかった青春時代を、もう一度落ち着いて見てみる感覚になっているから。
高崎さん 懐かしいという感覚って、考えるとよくわからないものですね。何のためにそれを人はしたがるのか。その感覚から人は何を得ようとしてるのか。アイドルとファンの関係って当時と今とはやっぱり違っているものなんでしょうか。
蒼井さん エネルギーの大きさって、ファンとアイドルの間で、ちょうど均衡を保っているところがあると思います。ファンたちの、アイドルを守るエネルギーがあるからこそ、成立するというか。時代は変わっても、そういう部分は同じなのかもしれませんね。
高崎さん お互い尊重しあう距離があって、独特の緊張感があって成立する奇跡のような時間ですものね。それを両者でつくりあげていく。自分が小説で何をやろうとしていたのか、蒼井さんと話していると、どんどんクリアになっていきます。書く前に話せばよかったかな。
(聞き手/読売新聞メディア局編集部 永原香代子 撮影/中央公論新社 八木沼卓)