◆オニオンスープ
【材料】
新玉ねぎ(くし形切り) 大1個(300g)
塩 小さじ1/2
バター 10g
水 600ml
シナモンリーフ(なければローリエ) 1枚
【作り方】
鍋に玉ねぎと玉ねぎがヒタヒタになる程度の水(分量外)、塩を入れて強火にかけ、ふたをして蒸し煮にする。水分が飛んで玉ねぎがクタッとしてきたらふたを開けてバターを加え、強火のまま鍋中をよくかき混ぜて玉ねぎの表面を焼いていく。全体的にこんがり色づいたらシナモンリーフと水を加えて煮立て、弱火にして10分ほど煮る。
「最近、親の敵のように作っている料理があるの」
唐突に彼女が言う。
オヤノカタキなんて、最近、使う人いないよね、昭和じゃあるまいし……、と僕は思う。思いながら「昭和じゃあるまいし」なんて表現も古いよな、と自分で自分に突っ込む。
「何の料理を作っているの?」
「新玉ねぎのポタージュ」
そこで僕は手を止めた。だって、目の前には大量の新玉ねぎがあるからだ。これから150人分のカレーを作るのにせっせと玉ねぎの皮をむいている僕に向かって、なぜ彼女はそんな挑発的なネタを繰り出してきたんだろう。僕はきれいに皮をむいた新玉ねぎをひとつとシナモンリーフを1枚、テーブルの上に置いた。
「バターで新玉ネギを炒めて圧力鍋にコンソメと水をちょっといれて、バーッと加圧して、ブレンダーでガーッとやれば出来上がり」
得意げに彼女が言う。バーッとしてガーッとやる。昭和のプロ野球監督じゃないんだから、とまた僕は心の中で突っ込みを入れる。さらにもうひとつ突っ込みたくなったのは、“圧力鍋”と“コンソメ”の部分である。それを使ったら簡単においしくなってしまうじゃないか。僕の闘争心に小さく火がついた。
僕はイベント用のカレーに使うはずのない小鍋を準備し、くし形に切った玉ねぎをひとつ入れてヒタヒタに水を加え、塩をふって強火にかけ、鍋にふたをした。
「料理していて一番うれしいのは、『この値段でこのおいしさ!』って時なの。テレビ番組とかで、材料にこだわりまくって料理をしている場面を見ると、なんだかものすごいモヤモヤする。『いや、そんな高い肉使ったら美味しいに決まっているじゃん。こちとら、限られた中で料理をすることで勝負しているんだ!』と。ま、誰と戦ってるんだ?って話だけれどね」
今日は、いつになくよくしゃべるなぁ。何かあったのかな。
小鍋のふたを開けると玉ねぎがクターッとしているから、ザクーッと木べらで鍋中を混ぜ合わせ、そこからはふたを開けたまま、グツグツ―ッと煮立たせるようにして水分を飛ばしていく。いいね、いいね、僕も監督風になってきた。
水分が飛んできたらバターをひとかけ加えて、強火のまま玉ねぎを鍋底と鍋肌で焼きつけるように色づけていく。
「これがさ、メイラード反応って言ってね、アミノ酸と糖分が化学反応を……」
そう言おうとしたけれど、やめておこう。今日の彼女は、何を言ってもまともに聞いてはくれなさそうだ。
「外食も高いよね、量も少ないし。『この料理、2,000円もするけど、家で作ったら材料費800円くらいだよね』とか。すみませんねぇ、貧乏くさくって。でも、自分で作ると、素材もよくて美味しいから、なんだかお得な気分になれるの」
きつね色になった玉ねぎに水を注ぎ、シナモンリーフをはらりと1枚。しばらく煮込んだら、塩で味を整える。玉ねぎは事前にキッチリ火を入れておけば圧力鍋で煮る必要なく、溶けそうなほどクタクタになるし、コンソメを使わなくても十分なくらいうま味が出るのである。
「材料は新玉ねぎと塩と水とバター、葉っぱが1枚だからね。値段にして100円くらいかな」
勝ち誇った調子でそう言おうとする前に、彼女が嬉しそうに言った。
「あれ? ポタージュができてる! カレーを作ってたんじゃなかったの!? これを2~3日に1回は作って朝食に飲んでいるの。だから、私の血液は春の小川並みにさらさらになっているはず」
そう、この料理は、この後、ブレンダーでガーッとやれば、オニオンポタージュになる。このままスーッと飲めばオニオンスープ。ざるで漉して玉ねぎのエキスをギューッと絞れば、高級なオニオンスープになるのだ。
自分で手間をかけて作れば、美味しさとともに喜びも味わえる。彼女の意見に賛成だ。ただ、それで血液が春の小川のようになるかどうかは、わからないけれどね。