東京都内を中心に24か所の銭湯を紹介した「銭湯図解」(中央公論新社、定価:1500円=税別)がこのほど出版されました。筆者は、東京・高円寺の銭湯「小杉湯」で、番頭兼イラストレーターとして働く塩谷歩波さん(28)。「泣きに行く銭湯」や「ご飯がおいしくなる銭湯」などシチュエーション別に、それぞれの銭湯の魅力を精緻なイラストで解説しています。20代の若さで、なぜ銭湯にはまったのか。その思いを聞きました。
ワンコイン料金でできる“ぜい沢”
――東京のご出身ということですが、小さいころに銭湯に通っていたのですか。
いえいえ。無料券が手に入ったからと母に連れられて、4~5歳のころに銭湯に行ったんですけど、電気風呂がビリビリ感じてしまって、正直、あまり良い印象はありませんでした。大学のときにも、課題を仕上げるときに10日間ぐらい家に帰れないようなときがあって、清潔を保つために仕方なく行くような感じでした。
――何がきっかけで、銭湯に目覚めたんですか。

今から2年ほど前。都内の設計事務所で働いていたんですが、体調を崩してしまって……。めまいや耳鳴りがよくするようになりました。病院に行ったら、医師から「機能性低血糖症」と診断されました。最初は1週間くらい休暇を取るつもりでしたが、医師から「少なくとも3か月の休職が必要」と言われてしまったんです。そんなとき、同じように休職をしていた友達がいて、一緒に食事をしていたら「最近、銭湯にはまっているんだ」と言い出したんです。
その友人と久しぶりに銭湯に行ってみたら、気持ちがほぐれるような爽快感がありました。探してみると、有名なフリーライターの方がいろいろな銭湯の情報を発信していました。熱い湯と、冷たい水風呂とに交互に入る「交互浴」について知ったのも、このときだったと思います。面白そうだなあと思って、自分もやってみたんです。
私にはぴったり合っていたようで、体がぽかぽかになるし、気持ちも上向く。最初は1週間に1回のつもりが、気が付くと週に2~3回。たった1か月くらいのうちに毎日行くようになっていました。
――まさに「はまる」感じですね。何がそんなに良かったのでしょうか。

銭湯は1回460円、ワンコインの料金でできる“ぜい沢”です。「交互浴」をやっていると、1時間でも2時間でもくつろいで入浴できるし、ボーッとするのも良し、待合で牛乳を飲みながら読書にいそしむのも良し。
――2時間も入浴って、ノボせたりしないですか。
途中で水風呂に入っているので、大丈夫です。もちろん心臓に疾患がある方や高血圧の方は、医師に相談してからにしてほしいですが、ゆっくり温まって膨張した血管が、水風呂で収縮し、それを何度も繰り返すことで、血行促進効果があるようです。
――本書の中で取り上げているのは24軒ですが、実際に入浴されたのは何軒くらいありますか。

正確に数えたことはないんですが、もう200軒近くは行っています。
――すごい数ですね。小杉湯は、銭湯業界の中でも、ダンスイベントを開くなど、いろいろな活動で知られています。どんなご縁だったんですか?
小杉湯は、自宅から1時間近くと遠いので、「いつか行ってみたい銭湯」だったんです。銭湯は家族経営で成り立っているところが多いですが、「小杉湯」の経営者の方から「仕事をしないか」と誘っていただきました。
日常の中にあるからこそ、面白い
――本書では、初心者向けに、銭湯の入り方まで丁寧に描かれていますね。

ありがとうございます。私もそうですけど、SNSになじんでいる世代は、写真や動画で先に知っていないと、実際に体験してみようとは思いません。“ネタバレ”して初めて行ってみようという気になる。若い女の子たちは、おいしそうな料理の写真や動画を見てから、店を決めて行くでしょう。それと同じです。初めての方でも迷いなく、銭湯を楽しんでもらえればと思って描きました。
――確かに。一般の人が大勢入っている銭湯にカメラを入れるわけにはいきませんよね。だから、イラストだったんですね。
ええ。この銭湯に行くと、こんな風景で、こんな体験ができるよと、解説を付けたのがこの本なんです。角度をつけて建物内部を俯瞰的に描く「アイソメトリック」という建築図法を使いました。
――取材のときには、鏡の数や大きさなども、メジャーだけでなく、レーザー測定器も駆使して寸法を測り、正確にイラストにしているんですね。
建築の勉強をしたのだから、そこは譲れないと考えました。空間をイメージしてもらうのに、正確さを欠いたらだめでしょう。
――銭湯には、常連さんがいて、何げない会話が楽しいという話も書かれていますね。
湯船で目の合った方に会釈して、「いつもここに来られているんですか?」と話しかけるだけでも、大いに盛り上がったりできるんですよ。お互いに自分のペースを守りながら入っているから、会話は短いものが多いですけどね。その町の中に、独自のコミュニティーがあって、常連さんがいて。名前や職業を知らなくても、毎日顔を合わせているだけで落ち着けるようになってくる。日常の中にあるからこそ、面白い。そういう感覚をお伝えできるといいですね。
(取材・読売新聞メディア局 永原香代子)