◆鴨肉のカレー
【材料・3~4人分】
植物油 大さじ3
はじめのスパイス(ホールスパイス)……※すべて省略可
・シナモン 1本
・フェンネルシード 小さじ1/2
・クローブ 6粒
・メース ふたつまみ
玉ねぎ(スライス) 中1個(250g)
塩 小さじ1(7~8g)
にんにく(すりおろし) 1片(15g)
しょうが(すりおろし) 2片(30g)
トマトピューレ 大さじ3(45g)
中心のスパイス(パウダースパイス)……※カレー粉大さじ2で代用可
・コリアンダー 大さじ1強
・カルダモン 小さじ1
・パプリカ 小さじ1弱
・ターメリック 小さじ1/2強
プレーンヨーグルト 100g
鴨肉または鶏もも肉(ひと口大) 500g
水 200~250ml
香菜(あれば・ざく切り) 1/2カップ
生クリーム(あれば) 大さじ2~3
【作り方】
鍋に油を中火で熱し、(あれば“はじめのスパイス”を炒める)玉ねぎをきつね色になるまで炒め、にんにくとしょうがを加えて炒め、トマトピューレを混ぜ合わせる。中心のスパイスと塩を加えて炒める。ヨーグルトを混ぜ合わせる。別のフライパンで焼いておいた鴨肉(鶏肉)と水を加えてふたをして弱火で20分ほど煮込む。好みによって生クリームと香菜を混ぜ合わせる。
もう何年も前から、島根県産の“小田又の米”というお米を使っている。写真家をしていた高校の同級生が、ある日、突然、家族全員で東京から縁もゆかりもない島根に引っ越し、農家になった。一度だけ、現地を訪れて農作業のまねごとをさせてもらった。たしか割と肌寒い季節だったような記憶があるが、草刈りを少しだけ手伝った。以来、毎月の定期便でお米を届けてもらっている。
そんな小田又から、いつものお米とは別に鴨肉が届いた。カレーにしてほしいという。
「あっ!」と思った。彼らは合鴨農法をしている。当然、その鴨である。それで思い出した。現地を訪れたとき、その同級生の奥さんが、「今夜は鴨を絞めて夕食にしようか」と言い出した。裏庭に合鴨のいる小屋があって、そこへスタスタと歩いていく。僕は恐る恐る後を追った。ダンナのほうは「俺はいいよ、苦手だから」と家から出ようとしない。平然と作業を進める彼女を見て、茫然としたことを思い出す。つい数年前まで東京でOLをしていたはずの人だというのに……。
カレー用の鍋を準備し、鴨肉を前にしばし考える。でもなぁ。ふいに自分の中に「でもなぁ星人」が現れた。あまりに立派な鴨肉だったから、正直言ってカレーにするのはもったいないと思ったのだ。でもなぁ。リクエストされているのだから応えたい。どうしようかな、と思い悩みながらも、もういくつかのスパイスボトルを手にしていた。少し野性味のある肉の場合、クセの強いスパイスをぶつけてバランスを取る方法が王道だ。それを意識しつつ、少し爽やかな風味を持つスパイスを多めにブレンドした。
鍋をコンロの上に置いたら、まず、鴨肉の表面全体をきっちり焼いていく。脂分が溶け出し、香ばしくおいしそうな匂いが漂った。そう、何を隠そう、鴨肉はローストが一番好きなのだ。でもなぁ。煮込んでカレーにしちゃうんだよなぁ。中途半端に煮込むと、どうしても硬くなってしまうんだよなぁ。かといって、クタクタになるまで徹底的に煮込んだら味が抜けてしまうんだよなぁ。でもなぁ星人は、ぼやき続ける。ボウルに移して脂を拭きとったら、あとはいつも通りのプロセスだ。目を閉じても勝手に手が動く。
玉ねぎ、にんにく、しょうが、トマトの順で炒めていき、パウダースパイスのミックスをバサッと混ぜ合わせる。最初に油で炒めるホールスパイスはなきゃなくてもいいし、パウダースパイスのミックスだって面倒ならカレー粉でもいい。ヨーグルトのコクをちょっと足して、水を注ぎ、さっきの鴨肉を鍋に戻して煮込むだけ。
できあがったカレーは予定通りのおいしさ。まあ、こんなもんだろう。でもなぁ。このカレー、本当は鴨肉よりも鶏肉で作ったほうが相性がいいんだよなぁ。
“小田又の米”に“小田又の玄米”をブレンドして炊く。このお米を作るべく活躍していた合鴨の肉が、カレーとなってお米と再会を果たす。ありがたい気持ちで口に運んだ。鴨肉を奥歯でギュッと噛むと、なかなかの歯ごたえがある。そうなんだよな、この肉質だもん。やっぱり煮込むよりも焼いたほうがいいだよな。でもなぁ星人は、早くもついさっきの鴨カレークッキングを反省しながら食べ進める。
そのうち、不思議な感覚になってきた。肉をギュッギュッとする行為に徐々に快感を覚えるようになってきたのだ。弾力があって味わい深い。「僕は今、肉を食べているんだ」という確かな実感がある。そうか、僕はつい「かたまりの肉は軟らかく煮込むべきだ」という既成概念にとらわれていたのかもしれない。「食べる人にとってもそれがいいはずだ」と思い込んでいたのかもしれない。
ギュッギュッとした新しいおいしさを体感しながら、僕の頭には合鴨を捌く彼女のたくましい姿がフラッシュバックした。肉は軟らかいほうがいいだなんて誰が言ったの!? 彼女からのそんなメッセージを受け止めているような気持ちになった。
「でもなぁ、でもなぁ、なんて言ってないで。おいしいカレーになればそれでいいの!」
そう叱咤されているような気もする。よし、これでよしとするか! 僕は粗熱の取れたカレーを密閉容器に移し替え、冷凍庫に入れた。タイミングを見て、レシピと一緒に島根に送ることにしよう。
でもなぁ。やっぱり一緒に“鴨のスパイスロースト”のレシピも同封しておこうかなぁ……。