瀬奈じゅんさんが基調講演「お母さんを待っていた」
昨年夏、特別養子縁組を通して、生後間もないわが子を授かりました。
私が子どもを作ろうと真剣に考え始めたのは40歳の時。2年半で、計7回の体外受精を行いました。ホルモン剤の影響で体がむくみ、心も不安定になっていきました。今、思い出しても、本当につらい日々でした。

半年たち、見かねた夫が「特別養子縁組という方法もある。血のつながりがなくても家族はできる」と。1年後、もうだめかもしれないと思った時、夫の話を思い出し、調べ始めました。
驚いたのは、ものすごい虐待の件数と、ものすごい数の子どもが施設にいること。養子縁組を支援する団体のセミナーにも参加しました。そこでもびっくりしたのは、血がつながっていない養親と養子がそっくりなことでした。同じ物を食べ、同じ生活をしていると似てくるんだなと。あの感動は忘れられません。
そんな時、不妊治療をしていた友人が妊娠。心からよかったと思うと同時に、このままではいつか、大切な人の幸せを喜べなくなるという恐怖も芽生え、治療をやめる決意をしました。
やめてから1年間、温かい家庭が必要な子どもと、親になりたい人が、家庭を築くのもすてきだなと思うようになりました。

別の民間団体に電話し、書類を提出しました。私と夫の家族構成や幼少期の家庭環境、仕事や収入、親やきょうだいの理解――。ありがたいことに、両方の両親とも背中を押してくれました。説明会や調査を経て、約半年後、赤ちゃん誕生の連絡が来ました。
「ミルクを飲むのが下手なので、レクチャーします」と言われ、病院へ。腕に抱いたら、すぐにごくごくミルクを飲みました。それを見た看護師さんたちが、「お母さんを待っていたんだね」と号泣し、私も号泣してしまいました。
1か月後、家庭裁判所に特別養子縁組の申し立てをしました。児童相談所や裁判所の訪問調査を受け、わが子を迎えて約9か月後、法的にも家族となりました。
私たちが特別養子縁組を公表した際、温かい言葉をたくさんいただきました。一歩踏み出すのに必要なのは、正しい知識と情報です。これから養子のことを考える方へのエールになれば幸いです。
【プロフィル】瀬奈 じゅん(せな・じゅん) 女優。宝塚歌劇団の元月組トップスター。2009年に退団し、舞台を中心に活躍する。18年2月、特別養子縁組で子どもを授かったことを公表。東京都出身。44歳。
子育て楽しむ意識育む/里親への支援拡充
瀬奈さんの講演に続いて、専門家によるパネルディスカッションが行われた。パネリストは、奥山真紀子さん(国立成育医療研究センター こころの診療部統括部長)、高橋恵里子さん(日本財団公益事業部 国内事業開発チームリーダー)、中村みどりさん(NPO法人キーアセットソーシャルワーカー )、藤林武史さん(福岡市こども総合相談センター所長)の4人。
猪熊 日本は里親が少ないといわれますが。
高橋 日本財団で行った調査では、全国で6.3%の人が「里親になってみたい」「どちらかというと里親になってみたい」と回答しました。里親になれる30~60歳代の100万世帯以上に相当します。実際に里親登録する人はその約2~3%なので、2万~3万世帯に可能性があります。
ただ、経済的な支援があることや短期間の里親委託もあることは知られていません。広報や里親支援を充実させる予算と人を確保する必要があります。
奥山 日本では、「子どもに何かあったら親の責任」という意識が強く、「責任を持てない」と思ってしまう人がいるようです。でも海外では里親や養子縁組をしている人がたくさんいます。子育てを楽しむ意識を育む必要があると思います。
奥山真紀子さん(左)と高橋恵里子さん
猪熊 福岡市では里親が増えたそうですね。
藤林 児童養護施設や里親家庭で育つ子どものうち、里親家庭で暮らす子どもの割合を「里親委託率」と言います。福岡市は全国に比べて速いスピードで伸ばしてきましたが、30%くらいで伸び悩んでいました。そこで2016年から、NPO法人「キーアセット」と共同で担い手確保に取り組み、43%くらいまで伸びました。
中村 キーアセットは10年に設立し、様々な里親支援をしています。福岡市からは、乳幼児を短期で養育してくれる里親を探すよう依頼を受け、実際に14家庭増やしました。
私たちは、「攻めるリクルート」と言っているのですが、商業施設やスーパーマーケットで赤ちゃんの写真が載ったチラシを使って呼びかけています。
里親の多くは40歳代で実子もいますが、子育て経験のない人もいます。里親の登録から子どもの預かりまで一貫して同じ組織がサポートし、担当者が里親との信頼関係を構築できているのが、強みの一つです。
中村みどりさん(左)と藤林武史さん
猪熊 里親を増やす社会にするには。
奥山 みんなが里親について知っていることが必要だと思います。店先にポスターを貼ってもらうだけでも変わるのではないでしょうか。
高橋 日本財団では、東京と大阪で、施設と里親の養育コストを試算しました。乳児院では子ども1人当たり年1000万円かかるところもあります。里親は年140万~180万円くらいでしょうか。乳児院にかけるコストを、里親の支援やリクルートにあてることが必要だと思います。みんなで子どもを育てていくイメージを持てたら良いと思います。
生き方選ぶ権利守る/実親の同意など課題も
猪熊 特別養子縁組にはどんな課題がありますか。
藤林 一つが年齢要件です。今、日本の特別養子縁組の制度は、原則6歳未満の子どもしか認められていません。でも、乳児院や児童養護施設で暮らしながら、ずっと実親の面会や交流がない子どももいます。家庭に戻ることが見込めない子どもたちにも、特別養子縁組の可能性が広がってほしいです。
二つ目が実親の同意です。民法では原則、特別養子縁組の成立に実親の同意を求めています。でも、実親が途中で同意を撤回してしまうなど、縁組成立の大きな壁となっています。養親になる人にも大きな負担です。このため年齢要件の引き上げや、実親の同意の条件を緩和するといった民法改正を求めています。

猪熊 子どものために必要な環境づくりは。
奥山 地域のなかに里親や養親がいて、実親以外の家庭で育つ子どもがいるのが当たり前である社会にしていくことが重要で、「子どもの権利」を守ることにつながると思います。乳児院から来た子どもは、他者との愛着形成の点で課題があるという指摘もあります。小さい子どもには家庭が必要だということが当然の認識になってほしいです。
藤林 2016年成立の改正児童福祉法でも触れられていますが、子どもが実親と安心し、安全に暮らせることが大切です。子どもが施設や里親家庭で暮らしても、実親の元に戻れる場合は、帰る方がいい。
でも、実現できない場合もある。重要なのは、孤立した家庭をなくすことです。困っている人が、SOSを出せるような街づくりを進めることも重要な課題です。
中村 私自身、18歳まで乳児院と児童養護施設で育ちました。子どもたちも自分の人生を自分で決め、参画する権利があります。寄り添ってくれる大人や、チャレンジできる環境を整えることも大切だと思います。
(司会は、猪熊律子・編集委員)
主催:日本財団
共催:読売新聞社
後援:厚生労働省、子どもの家庭養育推進官民協議会