どんな服が好まれ、逆にどんな服装がマナー違反と見なされるかは、国や文化圏によって違います。そして、どのような服装が“美しい”とされるのかは、その国の「民族衣装」の影響も大きいのではないでしょうか。今回は、民族衣装にスポットを当てながら、各国の「美意識」に迫りたいと思います。
政治家が公の場でデコルテを見せるのはアリ?
以前、このコラムで世界の下着事情を取り上げた際、日本では「アウターに響かないブラジャー」が根強い人気があるのに対し、ドイツを含むヨーロッパでは「ブラジャーそのもの」を楽しむ人が多く、女性の胸にわりと「おおらか」であると書きました。よってヨーロッパでは、オフィスなどでもブラジャーの模様や色が服越しに透けていたり、ブラジャーのストラップが少し見えていたりしても、あまり気にする人はいません。
全体的に、なんというか「『胸の存在』が強調されていてもオッケー」な雰囲気が確かにあるのです。そして、それはオフィシャルな場でも同じです。ドイツのメルケル首相が2008年、ノルウェーの首相(当時)と共にオペラ鑑賞をした際の写真です。
メルケル首相は、デコルテが強調されたイブニングドレスを着て登場しました。このようにヨーロッパでは、公の場でデコルテを見せるのは「アリ」なのでした。
民族衣装Dirndl(ディアンドル)の影響とは?
では、なぜドイツではオフィシャルな場で「胸」の存在が強調されても大丈夫なのでしょうか。これは、民族衣装も関係していると思われます。例えば、南ドイツの民族衣装「ディアンドル」は胸を強調するデザインです。このディアンドルの下に着るブラウスに関しても、デコルテが見えるタイプのものが多いです。
毎年秋にミュンヘンで行われる世界最大のビール祭り「Oktoberfest(オクトーバーフェスト)」(今年は9月22日から10月7日までの開催)では、ウエイトレスはもちろん、来場者の女性の多くがこのディアンドルを着ています。
ディアンドルに関しては、いわゆる「谷間」を作って着こなすのが一般的なので、ショップの下着売り場では、民族衣装専用の「寄せて上げる」タイプのブラジャーが売られています。民族衣装がこのような感じなので、普段の生活において胸やデコルテが強調されていても、それは「普通のこと」だと見なされる傾向があるのでした。

日本の「マナー違反でない服装」とは
日本ではもちろん、個人によって好みの違いはありますが、少なくともオフィシャルな場においては、胸の存在はなるべく隠すものだというとらえ方が一般的です。ニュースを伝える女性アナウンサーは胸の存在を目立たせないデザインの服を着ていることが多いですし、女性の政治家に関しても、前述のメルケル首相はもとより、欧米の女性政治家と比べて控えめなファッションが多いように感じます。
これは私の個人的な感想ですが、日本でいわゆる「品がよい」服と見なされるのは、やはり胸の存在をあまり感じさせない服のよう。そして、そのあたりの感覚というか「美的感覚」はやはり、着物も関係しているのかもしれません。ニッポンの着物は、まさに前述のディアンドルの逆をいくもので、ある意味、「いかに胸の存在を目立たなくするか」が勝負だったりします。
胸の存在が目立つ場合は「胸つぶし」をし、綿花を入れて谷間を埋め、体の凸凹をタオルで補正した上で、ギュッとさらしを巻くと、キレイな仕上がりになります。
このスッとした着物の着こなしは、日本の普段の生活の中での服の着こなしにおいても、「何が常識的か」といった服装に関するマナーや人々の美意識に少なからず影響を与えているように思います。そういう意味で、「公の場で着る服において何が歓迎され、何がタブーと見なされるか」という点では、民族衣装にヒントが隠れているのかもしれません。
やっぱりTPOが大事?
民族衣装に限らず、服装はやはりTPOに気をつけたいところですが、このTPOというのも、なかなか難しい場合もあります。というのも、私自身、少し前に不思議な体験をしたのです。日本国内で、あるドイツ関連のイベントがあった際に、主催者側から「当日はディアンドルを着てくるように」とのお達しがありました。
当然、当日は張り切ってディアンドルを着て出かけていきました。会場に到着すると、ドイツ人は「おー! 民族衣装だー!」と単純に喜んでくれたのですが、その一方で、一部の日本人男性からの「なんだかすごい服……」という視線が痛かったです。胸の部分を凝視されたり、ある男性からは直接、「え……?!サンドラさん、どうしちゃったんですか!」と言われてしまったり。もちろん「どうしちゃったんですか、って、これ、ドイツの民族衣装ですけど」と答えましたけど。
果たしてこの場合、TPO的には、どうすればよかったのでしょうか……?なんて一瞬、戸惑ってしまいました。でもよく考えてみると、このようなシチュエーションは、いろんな文化圏の人が集まる場においては「よくある」ことなのでした。民族衣装も、装いに関する「常識」も、国や文化圏によって違うのですから、当たり前ですね。あまり気にしないようにしたいものです。
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