日米合作映画「OH LUCY!(オー・ルーシー!)」(公開中)が注目を集めている映画監督の平栁敦子さん。自身初の長編作品で、寺島しのぶさん演じる43歳のOL「ルーシー」こと節子が、英会話教室の男性講師に恋をし、彼の母国・アメリカで騒動を巻き起こす様子をユーモアとペーソスをまじえて描いています。2児の母でもある平栁監督に、作品に込めた思いなどを聞きました。
卒業制作の短編映画を長編に
――さえない独り暮らしを送る節子が、金髪のかつらをかぶった「ルーシー」になって新たな自分に出会う、心にしみる映画です。監督、脚本、プロデューサーも務めたこの作品ができるまでの経緯を教えてください。
今から4年ほど前、通っていたニューヨーク大学大学院映画学科のシンガポール校で、卒業作品として短編の「Oh Lucy!」を制作しました。これがアメリカのサンダンス映画祭のインターナショナルフィクション部門で最優秀賞を受賞したことで、今のエージェントからアプローチがあり、長編映画化のオファーをいただいたんです。その後、資金繰りに時間がかかって、一時はどうなることかと思いましたが、2016年に、脚本の段階で「サンダンス・インスティテュート/NHK賞」を受賞しました。これがきっかけで話が進みました。
――短編を長編にするというのは、どのようなアプローチだったのでしょうか?
短編の「Oh Lucy!」は、長編のはじめの約20分に相当します。短編のストーリーの後、主人公の節子はどうなるのかを描いたのが、長編の「OH LUCY!」です。長編の節子は、恋をした英語講師ジョンの後を追って、アメリカに行きますが、実は、アメリカを旅するOLの話は別の作品の脚本で書いていたんです。このOLが毎日の暮らしに息苦しさを感じて、自分を押し殺しながら生きていることや、アメリカを旅することで彼女の内面が解放されていくことなどが、節子にも通じるのではないかと考え、二つの物語を一緒にすることにしました。
――節子役を短編では桃井かおりさんが、長編では寺島しのぶさんが演じています。
大学院2年目の時に制作した「もう一回」(2012年)という短編映画が、東京で開かれた映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア」でグランプリを受賞したんです。桃井さんに出演をお願いしたのは、この受賞がきっかけです。ちょうどその頃、短編の「Oh Lucy!」の節子役のオーディションを行っていたのですが、なかなかピッタリの役者さんが見つからなくて。実は、学校に提案する「Oh Lucy!」プレゼン資料に、節子に近いイメージの女優さんとして桃井さんのお写真を使わせていただいたんです。それに、桃井さんがかつて「ショートショートフィルムフェスティバル」の審査員を務めていたことがありましたので、その映画祭でグランプリを受賞した縁で、桃井さんにオファーを出しましたら、お会いして下さることになり、ロサンゼルスでお会いし、出演を快諾してくださいました。
鳥肌ものの寺島しのぶさんの演技
――長編では、寺島さんが意中の女優さんだったわけですね。
短編を長編化するにあたり、節子の年齢設定を40代に変更しました。そして短編はコメディーに終始しましたが、長編の方はコメディーであるだけでなく、人間の内面の弱さや醜さをさらけ出す必要があったので、寺島さんがピッタリだと考えました。彼女は私と波長が合うのか、私がイメージしていることを、まさにその通りに演じてくださるんです。まるで、私の頭の中のイメージをテレパシーで感じ取っているんじゃないかと思うくらいで、鳥肌が立つような経験でした。
――日米合作ならではの苦労があったのでは?
確かに、撮影現場では英語と日本語が飛び交っていて、コミュニケーションの面で、もどかしいところはありましたね。それから、撮影方法で日米に違いがあるらしく、日本の役者さんたちには戸惑いがあったようです。例えば、アメリカでは、同じシーンを違うアングルから何度も撮影することがよくあります。でも、日本ではそういうやり方はあまりしないらしく、日本の役者さんは同じシーンを何度も撮り直すのが大変だったようです。

――撮影中は、お子さんとは離れ離れだったのですか?
米サンフランシスコに10歳の娘と5歳の息子がいます。「OH LUCY!」の撮影当時は8歳と3歳。娘は小学校に通っているので、私が日本で撮影している時は、夫が娘の面倒をみてくれました。下の子は一緒に日本に連れてきて、両親に面倒をみてもらっていましたが、忙しくて息子に会う時間もなかなか取れませんでしたね。
――この作品は、昨年のカンヌ国際映画祭で日本人監督作品として10年ぶりに批評家週間に正式出品されるなど、高い評価を得ています。
自分の作品は客観的に見られないし、評価できません。でも、映画祭で評価していただいたということは、客観的な視点から後押ししてもらったようなものだと思うので、カンヌでは達成感と安心感がありました。
ジャッキー・チェンに憧れ
――高校2年生の時に、女優を目指して渡米したそうですね。
小さい頃、ジャッキー・チェンの映画を見たのがきっかけで、映画の世界に憧れるようになりました。彼は、監督も主演も自分でこなしますよね。私もジャッキー・チェンのようになりたくて、映画の本場であるハリウッドに向かうことにしたんです。
――サンフランシスコの大学で演劇を学んで、女優として活動。その後、結婚・出産を経て、映画監督になるために大学院に入ったと聞きました。
ある日、授乳をしている時に娘の目を見て、引け目を感じたんです。実は、妊娠する2、3年前から、大学院に行って映画作りを学びたい、そして映画監督になりたいという気持ちを抱いていました。でも、なかなか一歩を踏み出せずにいたんです。娘が私を見つめる視線は、ストレートでピュア。なのに私は、自分がやりたいことと、やっていることにブレがあると感じたんです。娘の視線が「今、行動に移さなければ」と思わせてくれました。
――小さな子どもを育てながら大学院で学ぶのは、とても大変だったのでは?
もちろん大変でしたが、友人に「子どもが大きくなったら、もっと大変になる」と聞かされていましたから。子どもが赤ちゃんのうちは、どこへでも一緒に連れていけますが、小学生になったら、学校への送り迎えなどがあって、自分の時間が制約されます。だから、学業に打ち込むなら今がいいと。実際、ママ友の中にも、出産後に大学院に復学した人がいたりと、大学院に行くことを後押しするようなシグナルがいろいろあったんです。
――映画監督としての目標は?
今は子育ても大変なので、毎年のように映画を作れる状況ではありませんが、やがてどんどん作る時期が来るかもしれません。ジャンルにこだわらず、SFものも作りたいし、アクションものも作ってみたい。そして、99歳まで映画を作り続ける。願わくば、死ぬまで作り続けることが目標です。
『オー・ルーシー!』公開中
監督・脚本:平栁敦子 出演:寺島しのぶ、南果歩、忽那汐里、役所広司、ジョシュ・ハートネット
プロデューサー:ハン・ウェスト、木藤幸江、ジェシカ・エルバー ム、平栁敦子
エグゼクティブ・プロデューサー:ウィル・フェレル、アダム・マッケイ
共同脚本:ボリス・フルーミン
音楽:エリック・フリードランダー