竹内智香 五輪スノボ選手が卵子を凍結保存した理由

30代の挑戦

読売新聞夕刊OTEKOMACHI面「30代の挑戦」でインタビューに応える竹内智香さん
吉川綾美撮影

2014年ソチ五輪スノーボード女子パラレル大回転銀メダルの竹内智香さん(37)は昨年、2年半ぶりの競技復帰を前に、自身の卵子を凍結保存した。来年の北京五輪に出場しメダルを取ることと、将来子どもを持つことの両方の可能性を広げておくために必要な選択だったという。

メダル狙うなら

5度目の五輪となる18年 平昌ピョンチャン 大会に34歳で出場し、競技から離れました。出産の年齢を考えると、この大会が最後かなと20代から想像していました。スノーボード選手は雪のある国を転々とするので子育てとの両立は難しく、出産後の復帰は現実的ではありません。

休養の間は子どもたちを指導したり、スキーに挑戦したりしました。以前は五輪に人生の全てをかけていましたが、広い世界を見て、「五輪だけが全てではない」と余計な力が抜けた気がします。スノーボードを心から楽しめるようになり、復帰したいと思いました。

復帰するなら、38歳で迎える北京五輪まで妊娠は考えられません。それで、卵子凍結を決めました。練習拠点の欧州で医療関係の知人から話を聞いており、20代から頭にあった選択肢でした。妊娠が難しくなると言われる35歳を過ぎての選手復帰なので、凍結するかどうかで悩むことはありませんでした。

20年8月に選手復帰の記者会見をし、秋に卵子凍結を公表しました。将来にどう向き合ったか知ってもらうことで、より競技に集中できると考えたからです。30歳頃から「結婚は?」「子どもは?」といった質問が増えていました。選手を続けているうちに卵子が老化していくことは自分自身が十分理解している中で、周囲からそこを突かれるのは、正直心地よくはありませんでした。

「命を軽く見ている」と捉えられるのも理解できます。ただ、今は医科学の進歩で、誰しも「自然に」だけでは生きていない。その時代にある選択肢なので、デメリットも含めて全て理解し自分の責任でやるなら、負い目を感じる必要はないと思います。凍結した卵子は私にとって、頑張るうえでの大きな支えです。

考え決断し…

3季ぶりのワールドカップでは、3位に入れた大会もありました。加齢による体力的なデメリットを、経験で補えています。第二の競技人生を楽しみつつ、勝ちにもこだわります。五輪は自分にとっては今も大きな舞台ですから。

五輪のメダルも、将来の出産も、どちらもかなわないかもしれません。でも、ベストを尽くしておけば結果は受け入れられる。その都度しっかり考えて決断を繰り返した先で「いい人生だったな」と思えることが、今の一番の目標かもしれません。

◇ ◇ ◇

【取材後記】将来出産を望んでいて、キャリアの事情などですぐにかなわないとしても卵子の凍結保存を選ぶ人は少ないだろう。凍結したからといって、自分の望むタイミングで100%出産できるわけではないし、痛みや金銭的な負担も伴う。「可能性を残せるなら、迷わずやる」という竹内さんの姿勢はシンプルにも思えるが、誰もがまねできる生き方ではない。

スノーボードで強くなるため10代で海外に拠点を移し、「アラフォー」と呼ばれるタイミングになって競技に復帰した。前例が少なくても挑んでいく竹内さんは、本当に強い人だと思う。

ちなみに「結婚」について聞くと、「籍を入れること」にはあまり興味がないそうだ。「婚姻届は人間が後から作った手続き。『パートナー』という形がいいのかな」という。コーチをはじめ、身近に事実婚のカップルが多いという。

取材中「私はスノーボードしか知らない」と繰り返していたが、そんなことはない。スノーボードを通して、広い世界を見てきたのだなと感じた。(読売新聞編成部 横井美帆)

「30代の挑戦」は、各界で活躍する女性たちにキャリアの転機とどう向き合ったかを、読売新聞の30代の女性記者たちがインタビューする企画です。

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竹内 智香(たけうち・ともか)
スノーボードアルペン選手

1983年、北海道生まれ。2002年ソルトレークシティー大会から冬季五輪に連続出場中。19年、北海道東川町を拠点に「&tomoka(アンド・トモカ)」を設立し、子どもの育成や地域貢献にも取り組んでいる。