岨手由貴子 移住先の金沢から単身赴任で映画を撮影する理由

30代の挑戦

読売新聞夕刊「OTEKOMACHI」面の「30代の挑戦」コラムで紹介された、映画監督の岨手由貴子さん
吉川綾美撮影

公開中の映画「あのこは貴族」。古い価値観にもがく女性たちの姿をやさしい視点で紡いだ話題作だ。監督の岨手そで由貴子さん(37)は、東京に単身赴任してメガホンを取った。母親だからと気負わず、一点集中の働き方で着実に成果を出してきた。

運命感じた小説

元々映画好きで、大学2年の時に専門学校の夜間コースで自主映画制作を学びました。そこで手がけた短編が映画祭に入選。その後、撮った長編も賞をいただき、映画作りを続けてきました。

第1子を出産したのは、劇場長編デビュー作公開直前の2015年1月です。すぐ復帰予定でしたが、フリーランスの私が子どもを保育園に入れるのは不可能でした。夫の働く会社は激務で、ワンオペ育児状態。脚本を書く時間も取れません。ドラマ監督などの依頼をお断りするうちに仕事が来なくなり、お先まっ暗でした。

文芸誌で連載中だった山内マリコさんの小説「あのこは貴族」を読んだのはその頃です。家父長制の社会構造に取り込まれることを拒み、自分で選んだ道を歩んでいく女性たちに心をつかまれました。映画化したら絶対にいい作品になる。運命を感じました。

単身赴任で撮影

誰かに先を越されたくなくて、単行本刊行イベントで山内さんご本人に映画化を直談判しました。ただ、東京の自宅で育児をしながらでは全力は注げない。17年、夫の実家に近い金沢に移住しました。

両親の協力を得やすくなるなど、移住は大正解。打ち合わせはリモートで行い、撮影の際は東京に4か月間、単身赴任しました。子どもと離れてでも、全身全霊で取り組む価値がある仕事だと確信していたからです。

私の不在中、長男にはかわいそうな思いをさせたけれど、お母さんにも人生があり、やりたい仕事がある。一緒にいたいけど、4か月間は諦める。そういう選択をした私の姿を見せたいと思いました。

子どもといたくて断った仕事もある。「仕事か育児か」ではなく、その時々で自分が納得できるものを選び、注力しようと決めました。昨秋に第2子を産んだのも、そう考えるようになったからです。

我が家の家訓は「自分の夢は自分でかなえよう」。誰かの夢のために、別の誰かがサポートに回るだけにならないようにと、夫とも話しています。

次に撮りたいテーマは「ママ友」。幼稚園のママ友がみんな興味深い経歴の人たちで。やゆされて描かれがちな専業主婦にも、一人ひとり違う、尊い人生がある。彼女らの物語は誰かの希望になるはずです。

映画を撮ることは、世界を再定義する作業です。見終わった後に、作中で描いたテーマがより鮮明に見える、そんな作品を作り続けたいです。

◇ ◇ ◇

【取材後記】公開直後に劇場で「あのこは貴族」を見た。淡々としながらも温かい物語運びに心を揺さぶられ、過去の監督作も鑑賞。ぜひご本人に会いたいと思い、取材を申し込んだ。

上のお子さんが小学校に入学したばかりという。「この春は、学用品の一つひとつに一生懸命名前を書いてました」とほほえむ姿は、まさに優しいお母さんという印象だ。

一方で、「子どもを産んで、もう落ち着かないとと思ったけど……」とはにかんで前置きしつつ、「母親になっても、何歳になっても、自分の気持ちに耳を傾けて自分を大事にしたい。人は生きてる限り、現役です」。柔らかな物腰や口ぶりの中に、自分でこれだと決めた仕事に納得いくまで打ち込む、職人魂を垣間見た。

岨手さんが語る家族やママ友たちの姿も、とても魅力的だった。周囲の人々を客観的に見つめながらも、一人ひとりへの敬意を欠かさないからだろう。冷静だが愛のあるまなざしが、丁寧で誠実な作品を支えているのだと確信した。次回作を、今から心待ちにしている。(読売新聞生活部 福元理央)

「30代の挑戦」は、各界で活躍する女性たちにキャリアの転機とどう向き合ったかを、読売新聞の30代の女性記者たちがインタビューする企画です。

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岨手 由貴子(そで・ゆきこ)
映画監督

1983年、長野市生まれ。大学在学中に監督・俳優養成学校「ENBUゼミナール」で学び、2015年に「グッド・ストライプス」でデビュー。同作で新藤兼人賞金賞を受賞。