沓名美和 薬きょうをアクセサリーに再生「あえて難しい道を選んで行く」

30代の挑戦

片岡航希撮影

中国の美術大学で教授を務めながら、カンボジアの内戦で使われた薬きょうをアクセサリーに再生し、販売する企業の代表も務める沓名美和さん(39)。「社会の問題を芸術の力で解決する」という信念を胸に、幅広い活動を続けている。

中韓美術に興味

小さい時からもの作りが好きで、多摩美術大で陶芸を専攻しました。何となくとった東洋美術史の授業で、これまでの勉強が欧州の美術だったことに気づき、日本とのつながりを強く感じる中国と韓国の美術に興味を持つようになりました。もっと学んで自分のルーツを表現したいと、東アジア美術の専門家を志し、韓国で修士を取りました。

沓名美和さん
取材に応じる沓名美和さん

博士号取得のために留学した中国で、壁にぶつかったのは20代の終わり。自分のルーツ探しで、かつてシベリアに抑留された祖父のたどった道を旅した際、東北部に残る日本統治時代の建築物が取り壊されているのを知ったのです。過去を知ってこそ理解しあえると信じ、解体された鉄材でオブジェを作りました。でも、日本人目線の展示だと問題視されて発表できなかった。中国の人の心に今も傷が残ることに思いが至りませんでした。

薬きょう再生

悶々もんもんとしていた時に旅行で訪れたカンボジアで、農村部の倉庫に薬きょうが山積みになっているのを見ました。多くの人が犠牲になった内戦で使われたものです。当事者にはつらい記憶です。だからこそ、外国人の私が伝えられればと考え、薬きょうを溶かして再生させるアイデアが浮かびました。

当初は、「なぜこんな面倒なことを」と理解を得るのが難しかった。元兵士に話を聞いたり、外国人に内戦を伝える意義を話したりする中で、一緒に活動してくれる人が現れ、2013年に「REBIRTH ASIA」を設立。地元の雇用につなげるため、カンボジアで製造し、現地や日本で販売しています。

薬きょうで作ったアクセサリー
薬きょうで作ったアクセサリー

20代の時は、睡眠時間を削って世界遺産を巡り、刺激をもらえそうな人に会いに行ったりもしました。こうした積み重ねの結果、したいことが30代で形になってきました。19年から遼寧省の単科大の教授として「環境と芸術」というテーマで学生を指導しています。次世代を育てることで社会と芸術を近づけたいとの願いがかないました。

最近は、ホテルのアートディレクションや、オンラインの対談番組の日本人出演者選定を任されるなど、仕事の幅も広がっています。

これまで、あえて難しい道を選んできました。乗り越えた時の快感が忘れられないから。中国は表現の自由の問題もありますが、外国人だからできることがあると信じて社会問題の解決に貢献したいと思います。

◇ ◇ ◇

【取材後記】沓名さんが取材時に身につけていたハート形のピアスに目がくぎ付けになった。REBIRTHの商品だという。真ちゅうが放つ鈍い光と、直線的ではない裁断面には、大量生産では生み出せない「一点もの」の魅力がある。

2013年から17年までは中国北京でも販売していたが、アクセサリーの背後にあるストーリーを理解して購入してもらうのが難しく、芸術作品として展示する方向に切り替えたという。まだまだゴールドやプラチナなどうわべの価値に目を奪われる消費者が多いという現実。それでも「中国の変化のスピードは速い」と、再販売できる機会を狙っているという。

「若者が『ゴールドなんてださい』と言う日がもうすぐ来るんじゃないかと思ってるんです」。明るく言う姿に、意志の強さを感じた。(読売新聞中国総局 田川理恵)

「30代の挑戦」は、各界で活躍する女性たちにキャリアの転機とどう向き合ったかを、読売新聞の30代の女性記者たちがインタビューする企画です。

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沓名 美和(くつな・みわ)

1981年、愛知県安城市生まれ。中国・魯迅美術学院教授。2019年、中国の清華大学現代美術博士課程修了。同大日本研究センター客員研究員。キュレーターとしても活躍。