chitose 夢破れタイに移住「こうでなきゃ なんてない」

30代の挑戦

(タナトーン・カンワンソンウォン撮影)

タイで、歌手兼ボイストレーナーとして活躍するchitoseさん(38)。幼い頃からの歌手になるという夢破れ、傷心のままタイに移住。おおらかな現地の人たちとの生活で、歌の指導という新たな道を見つけ、活動の幅を広げています。

夢を追いかけて

首都のバンコクでボイストレーニングの学校を開いています。生徒は4歳から60歳以上と幅広く、地元の人気アイドルグループ「BNK48」のメンバーも輩出しました。

歌が好きで、物心ついた頃から「歌手になる」と決めていました。20歳で上京。アルバイトをしながら、テレビのオーディション番組や大手芸能事務所が主催するオーディションを受ける日々でした。でも、芽が出ない。24歳で一念発起し、大好きなソウルなどの本場ニューヨークに3か月間、留学しました。

英語力もお金もなかったけれど、ボイストレーニングやダンススクールに通い、教会で知り合ったゴスペル歌手に頼み込んで弟子にしてもらいました。同じ寮に暮らすダンサーのつてを頼り、歌手のマライア・キャリーと仕事をしたことがあるというプロデューサーに自分を売り込み、CD制作を実現したのです。

絶望と移住

帰国後、28歳でチャンスが巡ってきました。1年かけて歌手デビューを目指すという内容の深夜番組のオーディションを受け、合格はほぼ確実と思っていました。結果は落選。高齢が理由でした。絶望感から頭痛や動悸どうきに悩まされ、歌えなくなりました。病院に行ったら、「パニック障害」との診断。心も体も限界でした。

心療内科に2年間通い、音楽活動から完全に離れ、2012年、夫がタイで会社を設立するのに伴い、バンコクに移住。タイ人の「マイペンライ(気にしない)」というおおらかな姿勢に触れ、「『こうでなければいけない』はない」と気づかされたのです。

ある時、知人に紹介されたミュージカル劇団の主宰者から、役者のボイストレーニングを頼まれました。「歌手でいたい」との思いからためらいましたが、引き受けました。すると「実際に歌って指導するからわかりやすい」と評判になり、13年に学校を開校するきっかけとなりました。

レッスンでは必ず発声練習で生徒の調子を見極めます。心と声は密接につながっている。歌えなくなった経験があるからこそ、一人ひとりの心の声に耳を傾けることを大切にしています。

20代は自分のために歌っていましたが、30代は出会った人たちのために歌っています。今は、コンテストにも出場したり、ライブ活動をしたり。歌手としての成功も目指しつつ、6月に始めたスクール併設のカフェなど、したいことを追求するつもりです。

◇◇◇

【取材後記】写真撮影では、キーボードを前に、伸びやかでソウルフルな歌声を響かせた。昔聴いたことがあるR&Bの曲。歌一筋に歩んできた実力を見せつけられ、鳥肌が立った。

一方、取材では気さくな人柄がうかがえた。タイ政府が新型コロナウイルスによる規制の緩和を進めていた6月中旬、ボイストレーニングの学校で対面取材を行った。併設するカフェのオープンを間近に控え、多忙にもかかわらず、快く応じてくれた。

途中、中学生とおぼしき生徒が入ってきた時は、「めちゃめちゃ早く来たね。ちょっと待ってて。大丈夫?」と笑いかけ、何でも話せるお姉さんのようだった。

生徒が悩んでいる時は、話を聞くだけでレッスンが終わることもある。「それでいいんです。心が変われば、歌も変わる。技術的なうまさより、自信を持たせる指導の方が価値があると思うので」。経験に裏打ちされた信念が感じられた。(読売新聞バンコク支局 大重真弓)

chitose
歌手兼ボイストレーナー

1981年、福岡県生まれ。2013年、ボイストレーニングスクール「SOULS LOVER」を開校。今年6月、カフェも併設。

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