山内美香「人と食つなげるスイッチに」

30代の挑戦

(写真・吉川綾美)

東京都調布市で農園を営む山内美香さん(35)は400年続く農家の20代目。土に触れる機会の少ない都会に生活する人向けに、食の大切さや野菜や果物を育てていく楽しさを伝える、体験型の農園作りに挑戦している。

強い使命感

ブドウと野菜を生産する農家の長女として生まれ、「跡取りに」と言われ続けて育ちました。せめて若いうちは好きなことをしようと美大に進み、無線メーカーで液晶画面のデザイナーとなりました。

就職した年の秋、元気だった父が、大動脈解離で突然亡くなりました。52歳でした。ショックで当時の記憶はあまりありません。3年ほど祖父が農園を続けましたが、体を悪くしたため退職して実家に戻りました。私はデザインに未練がありました。でも父の思いを継ぎ、農地を残さねばという使命感が勝りました。

ただ幼いころから手伝った農作業も、自分が責任を持つとなると違います。父のように農学部出身でもない。東京都の財団が主催する農業後継者向けの研修を1年受けました。女性は私1人でした。

研修を終えたのが28歳。普通は先代の方針を継承するところですが、ブドウの収穫体験と野菜の無人販売では、限界があります。経営スタイルに悩みました。

体験型農園

考えついたのが、体験型農園にするというアイデア。学生時代からイベントの企画を考えるのが好きでした。都会の親子連れが楽しめる場を思いつき、農薬も極力使わないようにしました。

役立ったのが、デザイナーの時に培った利用者の目線です。出産で親の目線が身についたのも大きいかも。子どもが好きなトウモロコシの栽培面積を3倍に増やしたり、大玉トマトを食べやすいミニトマトに替えるなどの工夫をし、ピザ作りなどのイベントを組み合わせました。

最初の1~2年は集客に苦労しましたが、都内の農園という価値を信じ、インターネットでのPRに力を入れた結果、昨年は約1500人が来てくれて、やっと軌道に乗りました。

畑作業は、近所の人やママ友など25人ほどのボランティアが手伝ってくれています。最初は地元のカフェにチラシを貼ったりしましたが、次第にネットワークが広がりました。よく一人で農園を維持できますねと言われますが、こうして多くの人に支えられている。人とのつながりは何より大事です。

新型コロナウイルスの感染拡大で食料品の買い占めが起きるなど、食の重要性が注目されました。農園は休業していましたが、今月再開する予定です。都会に住む人たちがつながり、食について考える「スイッチ」のような存在でありたいと思っています。

◇◇◇

【取材後記】2時間の対面取材を行ったのは、おもちゃが転がるビニールハウスの中だった。「汚くてすみません、家の中だと子どもがうるさいので」。すまなそうにいすのほこりを払い、差し出してくれた。「インタビュー、私でいいんでしょうか」とつぶやく姿に、人の良さと謙虚さがにじみ出ていた。
ただ、話してみて感じたのは、やりたいことに妥協をしない芯の強さだ。デザインの勉強をしたのだから、大阪に出てでも、デザイナーになる。せっかく家業を継ぐのだから、楽しんで自分らしくやる――。「まずは、やってみる。なんでも前向きに踏み出すようにしています」。この姿勢が、人生の転機を切り開いてきたのだろう。
「東京の農地を次世代に残したい」と語る真剣な表情からは、農家という職業への誇りが伝わってきた。自分はどうだろう。仕事へのやる気が、改めて胸にともるような取材だった。(読売新聞地方部 宮下悠樹)

山内 美香(やまうち・みか)
「山内ぶどう園」代表。

1984年、東京都生まれ。武蔵野美術大卒。祖母と母、サラリーマンの夫、長男(4)、次男(2)と暮らす。

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