冨永愛「チャンスをつかめる自分でいる」

30代の挑戦

(写真・吉川綾美)

切れ長の目につややかな黒髪、1メートル79の美しい容姿で世界を席巻し、高校時代からトップモデルとして活躍してきた冨永愛さん(37)。3年の休業を経て、10年ぶりにパリコレクションに戻ってきた。どのような思いで歩み続けているのだろうか。

一生モデル

2月末から3月に開かれた2020~21年秋冬パリコレに復帰しました。10年ぶりのランウェーは、緊張したけど純粋に楽しかった。

今回の復帰は、自分のキャリアに重要な意味がありました。今の目標は、一生モデルでい続けること。世界が注目するパリコレへの出演は、覚悟の表れでもありました。

ショーに出演するには、一般的にブランドが行うオーディションで合格する必要があります。厳しい戦いの場ですが、挑戦するつもりで受け、出演を勝ち取りました。

32歳の時、子どもともっと向き合う時間が欲しくて休業しました。コレクションに出演するモデルとしては既に引退していましたが、その後もテレビ番組への出演などで多忙な日々。息子のさみしげな姿を見ると胸が痛かった。休むことで、キャリアが一時的にでも途絶えてしまう怖さがありました。

でも、休んで良かった。食事を作り、PTAにも取り組み、息子とじっくり話せました。何より自分がこれから何をしたいのか、己を見つめ直す時間になりました。

再びアクセル

小さい頃から長身で、「宇宙人」といじめられた経験もあります。コンプレックスだった長身が武器となり、初めて自分を認めてもらえたのがモデルという職業。シングルマザーとして働く必要があり、一生の仕事は何かと自問した時、モデルしか思いつかなかった。ランウェーに戻る覚悟ができました。

モットーは、「チャンスが来たときにつかめる自分でいること」。こう書いた紙を16歳の頃からパスポートに忍ばせています。チャンスはいつ訪れるか分からない。不安定なピンヒールをはき、デザイナーの要望に応じた動きを舞台でいつでも表現できるよう、日々の体幹トレーニングは欠かしません。食事や美容も手抜きしないことを自分に課しています。

今回のパリコレには、年齢や体形など幅広いモデルが出演し、多様性を肌で感じました。生涯モデルという夢を新たに持てたのも、時代の変化があったからこそ。美の基準が多様になる中、武器になるのは自分らしさです。育児など、幅広い経験を糧にしたい。

そうは言っても若い人材が次々に台頭する業界で、モデルを長く続けることへの不安も正直あります。でも、今またアクセルをより深く踏み込んでいく時が来た。チャンスを逃さず、世界に挑戦し続けようと思います。

◇◇◇

【取材後記】カメラを向けると、クールな表情で貫禄さえ感じさせる。その姿はまさに「スーパーモデル」。しかし、インタビューを始めると一転、口を大きく開けてアハハと笑い、場を和ませるためか記者やカメラマンに握手を求めてきた。気さくで飾らない普段の振る舞いと、モデルとしての顔のギャップに驚いた。
取材中、一度だけ空気が引き締まった。復帰したパリコレの話になったときだ。「モデルで居続けるという目標のために、パリコレへの復帰は通らないといけない道だった」。淡々とした口調だが、じっと一点を見据えている。あえて厳しい道を選んだ冨永さんのプロ意識を垣間見た気がした。
30代は転職や出産、育児などでキャリアの転換点を迎えることが多い。様々な葛藤を乗り越えながら、なお前進する冨永さんのしなやかさに勇気づけられた。(読売新聞生活部 野口季瑛)

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冨永 愛(とみなが・あい)
モデル

1982年、神奈川県出身。昨年、ドラマ「グランメゾン東京」に女優として出演し、話題に。近著に「冨永愛 美の法則」(ダイヤモンド社)。