「夫のいない方が楽」と思う私は薄情ですか

お悩み相談アドバイザー花房観音

 共働きで幼い子どもを育てています。夫は2年ほど前から単身赴任中で、月に一度は互いに行き来しています。仕事と子育てにいつも追われ、一人になれる時間がほしいです。夫が戻れば、そんな願いもかなうのですが、最近それもなんだか面倒に思うのです。夫が戻れば食事や掃除や洗濯が増え、互いに予定を合わせたり、連絡し合ったりすることも増えます。子供が成長して手がかからなくなるにつれ、このまま母子で、時折夫がいる暮らしが一番楽だと思えてきました。夫は子煩悩でいい人ですが、「夫にいてほしい!」という気持ちのない自分がいます。そんな私は薄情でしょうか。それとも、どこもこんなものなのでしょうか。(ハンドルネーム・ヒカリ)

A:ひとりを望むのは自由の証し、家族は「孤」の集まりに過ぎません

 私は芸能人が亡くなったニュースで「孤独死」という言葉が使われる度に、違和感を抱きます。そこには寂しい、可哀想かわいそうあわれ……などのニュアンスが漂って、人の同情をき立てるからです。孤独死が怖いから、結婚したいとか口にする人に対しても、なんだかもやもやします。

 ひとりで死ぬ、ひとりで生きる……そんなに憐れなことでしょうか。というよりも、家族を作る=孤独じゃない、とは思いません。たとえば私は結婚していますが、子どもはいません。夫と私と、同時に死ぬ可能性は低いので、どちらかが取り残されて、ひとりで死ぬでしょう。子どもがいたって面倒を見てもらおうとは思わないし、ずっと一緒にいて親に甘え続けられるのも嫌です。どちらにしろ、「孤独死」する可能性が強いですが、無理やり誰かと一緒にいてそれを避けようとは思いません。

誰かと一緒にいることと「ひとり」は相反しない

 いきなり「孤独死」なんて話をして、すいません。あなたは「夫のいない方が楽」という自分は薄情かとどうも引け目を感じておられるようですが、それは「薄情」ではなく、精神的に自立されているのだと思います。仕事もあり、ひとりの時間が欲しい。他人を必要とせずに自分のための過ごす時間を持とうとしていることは、あなたが「孤独を生きられる」人だ、ということではないでしょうか。

 何も夫と別れろ、孤独になれと言っているのではありません。誰かと一緒にいることと、ひとりでいられることは相反しません。常に誰かを必要として頼り、甘え、依存してしまうほうがしんどいです。夫と常に一緒にいたい、離れたくない……そういう人ももちろんいますが、夫婦という関係のままで、それぞれがひとりで生きられるほうが安心できます。夫だけではなく、子どももいつかは手を離れて自立していくのですから。

一緒にいないと安心できない夫婦はしんどいです

 家族は、たまたま血のつながった他人である……極端かもしれませんが、そう考えたほうが楽です。家族だからと同一視して、支配したり、束縛したり、理解したつもりになったところから、様々な軋轢あつれきや悲劇が生まれます。家族は生活共同体であり、ひとつのグループではあるけど、ひとりひとりは「孤」の存在です。

 また「夫のいないほうが楽」と思えるのは、あなたが夫を信頼している証しではないでしょうか。いつも一緒にいないと安心できない夫婦の中には、本当に仲がいい夫婦もいれば、目を離すと相手が浮気をするのではないかと疑い、監視のために離れない夫婦もいます。そんな束縛を楽しめるうちはいいですが、相手にうんざりされてもしまうし、自分の時間が常に夫に左右されてしまうのもしんどいです。不安や疑念のために人生の貴重な時間とエネルギーを使うのはもったいないです。

 なので、あなたが「夫のいない時間」を望むことは、心が自由である証しなので、その時間を楽しんでください。

花房観音
花房観音(はなぶさ・かんのん)
作家

 京都市在住。京都女子大学中退後、映画会社、旅行会社などに勤務。2010年「花祀り」で第1回団鬼六大賞を受賞し、作家デビュー。12年に発表した「女の庭」など、女の性愛や情念を描いた作品で注目を集める。近著に「わたつみ」(中央公論新社)、「楽園」(中公文庫)、「色仏」(文藝春秋)など。花房観音HP花房観音御開帳

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