人の顔色ばかりみてしまう八方美人に疲れています

お悩み相談アドバイザー花房観音さん

 幼い頃から、両親の顔色を見て育ってきました。大人になってもそのくせが抜けなくて、八方美人になってしまって疲れてます。自分の意見をちゃんと言いたい。嫌われるかな?って思う事なく発言したい。Twitterも顔が見えない関係が強いから、最近は余計に疲れます。でもスルーするとみんなから置いてきぼりにされそうで怖いです。私らしく、好き嫌いを言える人になるにはどうしたらいいですか?(ハンドルネーム:smile)

A:「私らしく」の意味を考えて、死ぬ時に後悔しない生き方をしましょう

 あなたの相談を読んで「私らしく、好き嫌いを言える人になるには」とありましたが、私は、自分自身を「私らしく、好き嫌いを言う」と思っている人が好きではありません。

 他人に対する配慮の無さを「私は自分の意見をはっきり言う」と言い換えて正当化している人が、とても苦手です。

 たとえば皆が、Aについて褒め合っているときに、「でも、私はAは嫌い」などと口にして、楽しく会話している雰囲気を壊す必要はありません。自分の意見を言うにしろ、物の言い方というのがあります。他者を否定する言い方をして、自分の意見が正しいと言いたがる人は、大抵自分のことを「好き嫌いをはっきり言う」と肯定的にとらえていますが、ただ無神経で、自己主張の強いだけの傲慢な人です。

他人はあなたが思うほどあなたのことを気にしていません

 八方美人て、そんなに悪いことでしょうか。誰に対しても配慮が出来ているという考え方もできます。ただ、あなたはそういう自分に疲れもするし、置いてけぼりにされそうで怖いと書いていますが、他人はおそらくあなたが思うほど、あなたの態度を気にしていません。スルーしても、この話題に興味がないんだなぐらいに思われるだけです。不特定多数の人たちから好かれるとか嫌われるとかを気にするのは自意識過剰です。

 あなたが疲れるのは、他人の目を気にしすぎるからです。だから皆にいい顔をして、疲れてストレスもたまるのです。あなたが気にする他人の存在って、そんなに大切なものですか? 社会の中で生きていく上で、他人に対する配慮は必要だけど、他人の目はそこまで気にするほどのものじゃありません。

嫌われる理不尽、でも、私の人生は自分のもの

 自分の話をしますが、私は、顔を出して、小説を書いて、本やネットで発信をすればするほどに、自分を嫌いな人がたくさんいることを痛感します。嫌われるだけでなく、憎まれもします。会ったことのない人にも、面識のある人にもです。中傷もされるし、事実でない話を拡散されます。基本的に無視をしていますが、身の危険を感じたり、友人や仕事先にも被害が及びそうな場合は証拠を集め弁護士に相談もします。「有名税」とも言えるほど私は稼いでもいないし有名でもないので、理不尽だなとは思います。

 だけど嫌われることや憎まれることを避けて、表に出るのをめたり、作品の内容をあたりさわりのないものにしたり、発信を止めようとは思いません。昔はもっと嫌われるのも憎まれるのも怖かった気がしますが、段々と「好かれる」「嫌われる」のを考えるのが面倒になりました。

 私はもう多分、人生の折り返し地点を過ぎています。そうなると、自分が死ぬときのことを想定もします。そして、つくづくと、死ぬときに後悔はしたくないと思います。人の顔色をうかがって自分を殺すほど、馬鹿ばからしいことはないし、死ぬときに絶対に後悔します。私の人生は、他人の目ではなく、自分のものだから、嫌われたり憎まれたりを避けることは、優先順位が低くていいのです。

本当に大事な人は誰ですか

  私のことを嫌いな人たちのことは確かに存在するけれど、気にしないようしています。自分を殺したくないし、自分を嫌いな人よりも、好きでいてくれる人の方向を向いていたいからです。私が大事にするべきは、そちらの人たちのはずです。

 とにかく、他人の目を気にするのを止めてみませんか? すぐには変わらなくても、少しずつ意識するだけでも、少しは「嫌われる」ことを恐れなくても済むようになります。そうすれば、あなたは「私らしく」、もっと自由になれる気がします。自分の人生は他者の目ではなくて自分のために生きましょう。

 

花房観音
花房観音(はなぶさ・かんのん)
作家

 京都市在住。京都女子大学中退後、映画会社、旅行会社などに勤務。2010年「花祀り」で第1回団鬼六大賞を受賞し、作家デビュー。12年に発表した「女の庭」など、女の性愛や情念を描いた作品で注目を集める。近著に「わたつみ」(中央公論新社)、「楽園」(中公文庫)、「色仏」(文藝春秋)など。花房観音HP花房観音御開帳

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