いい社員、いい母親でなきゃと思いつめないで。「私には無理、ごめんね」と開き直ってもいい

お悩み相談アドバイザー村木厚子さん

 厚生労働次官を務め、この春から津田塾大学客員教授になった村木厚子さん。2人の娘を育てながら、キャリアを重ねてきた村木さんがお悩み相談のアドバイザーとして登場します。働く女性の先輩である村木さんの悩みやキャリアの軌跡、冤罪事件の時の気持ちを聞きました。

–––– 村木さんの旧労働省入省は、男女雇用機会均等法施行前。女性キャリアがまだ少ない時代です。当時と今とでは、働く女性の悩みは変わっていますか。

 制度が整ってきても、女性が抱えている悩みは、私たちの時と案外変わらない。育児休業制度や時短勤務ができるようになっても、職場で「5時に帰ります」と堂々とは言いづらいという悩みを聞くと、私の時と同じだなぁと。

 入省した時の女性の採用は、毎年1人か2人。人数は少なかったけれど、縦のつながりがあって、そのネットワークにずいぶん助けられました。何かあると既婚・未婚問わず、みんなが集まって、「私の時はこうした」と体験談を話し、「何か聞きたいことある?」と相談に乗ってくれた。上が下の面倒を見る濃密なかかわりがあったんです。

–––– そういうつながりがあると、子育ての時にも心強いですよね。

 子供を産んだ先輩たちが「なんとかなるわよ」というので、私も「なんとかなるか」と2人の娘を産みました。保育所がなくて困っていたら、「保育ママという仕組みがある」「保育学科の学生にアルバイトを頼み、3~4人でチームを組んでもらったら」というアドバイスが役立ちました。でも、転勤になって、また一から預け先を探して。常に綱渡りでした。

 厚労省には、働く女性たちが自分の子育て体験を赤裸々に書いた冊子があるんです。預け先の探し方から夫や親の協力を得るために使った方法、ストレス解消法まで。それが参考になるんです。私自身は、子育てと仕事でいつも忙しかったので、嫌なことや悩みがあっても考え込まずにすんだ。足場が二つある方が良かったと思います。

 均等法以降、採用が増えて、かかわりが薄くなり、後輩が辞めていって。「ご先祖世代」としては、もしかして一人で悩んでいたのかなぁと反省しました。お悩み相談で少しでも若い人の力になれたらと思っています。

–––– 仕事と子育ての両立で一番大変な時期はいつでしたか。

 新しい職場に異動した直後で、仕事に慣れていないのに、娘2人が大きな病気を抱え、定期的に大学病院に通わなきゃいけなかった時が一番危機だったかな。眠りに入る時に発作が起きやすいというので、人の手にゆだねるわけにもいかなくて。子供が寝る時間に家にいるためには、誰より早く職場を出なければいけない。肩身が狭いですよね。

 もう少し頑張っても無理だったら、辞めるしかない、と思った。でも、そう思ったら、「そうか、辞めればいいのか」とすごく楽になったんです。子供に「申し訳ない」と思っていたのが、何かあったら子供を選ぶ、と自分の中で優先順位の結論を出したことで、申し訳なさがうそのように消えたんですね。職場でも「帰ります。後はよろしく」と言えるようになった。不思議ですよね、事態は何も変わっていないのに、気の持ち方でこんなに変わる。だから、後輩にも「考えすぎるな」って言っています。

–––– 次官という組織のトップに立つと新人の時に思っていましたか。

 新人の時のことで、とても印象に残っている言葉があります。同期入省の女性は2人で、「彼女は君のライバルだね」と同期の男性から言われました。女性同士がライバルという考え方も好きではなかったし、職員としてきちんと仕事をするのは男も女も同じなのに、「私はあなたのライバルではないのね」と思った。その思いは誰にも言ったことはないけれど、私の中でひっかかっていました。 

–––– 郵便不正事件の冤罪で村木さんのことを知った人も多いと思います。

 逮捕されて最初に考えたのは、「私は変わったのか」「私は失われたのか」という2点でした。特殊な状況にいるのは、相手が間違っているからで、私自身は何も変わっていない。失ったものはあるかもしれないけれど、周りのたくさんの人が「真実を貫け」と言ってくれて、自分を信じてくれる人がこんなにもいると気づいて、すごく落ち着いたんです。

 裁判の勝ち負けではなく、自分が頑張らずに折れてしまう姿を娘たちに見せて、悪いモデルになってはいけないと思った。そうしたら、自分は大丈夫、頑張れるって思えたんですね。夫がよく言うのですが、二度と味わいたくはないけれど得難い体験だったとは思います。

–––– よく夫婦で会話をされるのですね。

 夫もおしゃべりだし、私の話したことがストレートに伝わるので、一番良い話し相手です。茶飲み友達に最良の相手と結婚したので(笑)。

–––– 働く後輩たちに一言。

 自然体で上手に活躍する人が増えた一方で、いい社員、いいお母さんでなきゃいけないとまじめに頑張りすぎている人も。もっと気楽にしてもいいかなと思う時もあります。私たちの世代も「全部はできないから、無理。ごめんね。私って、こんなもんなのよ」と開き直ってきた。あまりいい子にならなくてもいいんじゃないかな。

村木厚子(むらき・あつこ)
津田塾大学客員教授

 前厚生労働次官。伊藤忠商事社外取締役。1955年生まれ。高知県出身。78年に旧労働省に入省。2009年に郵便不正事件で逮捕されたが、冤罪とわかって無罪になり、厚生労働省に復職した。17年4月から現職。