水鏡が映しだす魅惑の景色

たび小町(PR)

 古来、鏡の中に映り込む世界に対して、人は特別な意味を見出してきました。

 「鏡よ鏡…」という呼びかけで真実を映す鏡が登場する『白雪姫』は誰もが知っているおとぎ話でしょう。歴史をさかのぼれば、鏡を見つめて未来や真実を占う儀式は実際に世界各地で行われてきました。

 例えばヴェーダ時代のインドでは、思春期前の少女は鏡やスプーン一杯の水で未来を見ることができると信じられていたそうです。古代ギリシャの神託所でも、鏡が盛んに利用されていました。誰かが病気にかかると、鏡に細い紐を結び付け、泉の水に接するくらいの高さに吊り下げます。祈りをささげてその鏡を覗くと、病人が助かるか助からないかが示されたといいます※。人は鏡に対して、何か神秘的な力を感じずにはいられないのかもしれません。※マーク・ペンダーグラスト『鏡の歴史』(樋口幸子訳、2007年)河出書房新社より

 日本でも、いにしえの時代から鏡を崇めていた歴史があります。日本神話に登場する太陽の神・天照大神あまてらすおおみかみは、弟である須佐之男命すさのおのみことの乱暴な振る舞いに腹を立て、天岩戸あまのいわとと呼ばれる洞窟に身を隠します。世界は暗闇に包まれ、困り果てた八百万やおよろずの神々は天照大神を連れ戻そうと洞窟の外で楽しげに騒ぎだします。何事だろうかと天照大神が隙間から少し外を覗いたとき、鏡が目の前に差し出されました。天照大神が自分の姿に驚いている隙に、神々が手を引いて洞窟の外へ連れ出したといいます。世界には光が戻り、天照大神を映したその鏡は「八咫鏡やたのかがみ」と呼ばれ、天照大神の分身として現在も伊勢神宮に祭られています。

 現代に生きる私たちにとって、鏡はありふれた存在になりました。それでも、雨上がりの晴れ間を歩きながら、水たまりに映り込む景色に目を奪われることがあります。水面に映し出される空は水の中でいっそう澄みきって見え、上下さかさまに伸びる建物は、もう一つの世界を想像させます。水鏡の中では、いつも見ているはずの風景もどこか浮世離れした魅力をまといます。同じでありながら、一方で現実世界とはまったく違う鏡の世界に惹かれるのは、古も現代も変わらないのかもしれません。

空の鏡

 水面に映し出される空の風景は、空間の広さを無限に感じ、静けさの中で時が止まったかのような感覚に陥る不思議な鏡の世界です。ボリビアの南西部、標高約3700mの高地に「天空の鏡」と呼ばれるウユニ塩湖(塩原)があります。

 12月から4月の雨季には、雨水が大地に水膜を張り、空を映す巨大な鏡となります。塩原の広さは約12000㎢、水面に映し出された空の風景が見渡す限り続きます。本物の雲と水面に映る雲の境界線が分かりにくく、対象物が何もない状況であれば、何を見ているのか認識できなくなり、まるで異次元に来たような錯覚を覚える光景です。ウユニ塩湖は魚が棲まず、水深も浅く波が立ちにくいため、水面の風景がゆがむことなく鏡のように見えます。また、塩原の水平な大地は水平面に対して高低差がわずか50㎝しかないことから、鏡面状態の塩湖を生み出しています。

青空を映し出すウユニ塩湖。鏡張りのような湖面は雨季ならではの光景です

 アメリカのカリフォルニア州のモノ湖も、異次元の世界を作り出す鏡面の塩湖です。北アメリカ最古といわれるこの湖は水分中のカルシウム濃度が高く、トゥファタワー(石灰華せっかいか)と呼ばれる奇岩が湖上にそびえ立っています。とりわけ、真っ赤に染まった空を映す水面と奇岩が、幻想的な世界を作り出します。

石灰岩の柱が突き出すモノ湖は、形成から約100万年が経過しています

時の鏡

 ある条件が揃う一瞬だけ、はっとするような光景が見られる水鏡もあります。

 青森県の十和田八幡平国立公園内にある蔦沼つたぬまはブナの原生林に囲まれ、紅葉の名所として知られています。秋色の木々はそれだけでも美しいのですが、紅葉の見ごろを迎える時期には、夜明け前から多くの写真愛好家が訪れます。彼らが待つのは、日の出後のわずか数分間だけ見られる朝焼けの景色です。夜明けとともに南向きの山の斜面を朝日が照らし、紅葉の木々を真っ赤に染め上げます。運よく風が吹かなければ、燃えるように赤い木々が水面に映り込み、鮮やかな美観を作り出します。光の加減で刻々と色を変える山と水鏡は、自然がもたらすショーの一幕のようです。

鮮やかな紅葉の中で朝焼けに染まる蔦沼(十和田八幡平国立公園内)

歴史の鏡

 街の光は、足元や水面に歴史ある町並みを映し出すこともあります。

 東京駅前広場のタイルに映り込むのは、雨の日限定で見られるもう一つの東京駅です。雨が上がり、タイルに薄く水が張った状態になると、駅やビルの光による鏡面反射が見られます。

 1914年に開業した東京駅は、2012年に丸の内駅舎の復原工事が完了し、創建当時の姿でよみがえりました。赤レンガの駅舎が現代的なビルの光とともに地面に映し出される様子は、東京駅の100年余りの歴史の中でも珍しい光景かもしれません。

雨上がりの東京駅。鏡面の美しい写真を撮るコツは低い位置から撮影することです

 オランダ・アムステルダムは、運河が網の目状に広がり、「北のベニス」の異名を持っています。もとは小さな漁村でしたが、16世紀以降に世界的な貿易の中心地として発展しました。急激に増えた人口に対する住居の確保と防衛のため、運河を取り入れた都市計画が立てられました。

 アムステルダムの黄金時代とも言われる17世紀には現在の運河ができ上がり、当時は世界各地の品物を街の内部まで運ぶ船がひしめいていたといいます。日が傾くころ、街を流れる運河には中世の面影を残す建築物の像が投影されます。川の中でゆらめく光は、かつて栄華を極めた都市を想像させるようです。

運河が張り巡らされたアムステルダムの街。黄昏時に水面に映る景色は幻想的です

心の鏡

 人間の想像力を刺激する水鏡の風景。水面に広がる世界を通して、私たちの心を表現する試みもあります。

 石川県金沢市の「鈴木大拙館」は、世界的に知られる仏教哲学者・鈴木大拙の世界観を展開し、来場者の思索を促すデザインとなっています。もっとも広いのが、「水鏡の庭」と呼ばれる空間。コンクリートのプールに水が張られ、中央には白い建物がたたずんでいます。時折、ぼこんという音とともに波紋が生じ、水鏡の景色が揺らぎます。静かな水面に波紋が生じることで、同じに見える世界が常に変化していることに気がつきます。

 華やかな藤原摂関時代を今に伝える京都府の平等院は、庭園全体が極楽浄土、すなわち仏が住む清らかな国を表しています。かつて訪れた人々は、池に映る鳳凰堂に浄土の宮殿を重ね合わせたとも言われています。光を浴びてはかなく揺れる水面の阿弥陀堂に極楽浄土の姿を見たのかもしれません。

平等院庭園は、平安時代を代表する美しい浄土庭園様式です

 水鏡が映し出す、世界中のさまざまな景色。何が映されるかによって、まったく違う風景に触れることができます。

 水鏡に広がるもう一つの景色を探しに、旅に出かけてみてはいかがでしょうか。

「歴史の鏡」を見に出かけませんか 

「心の鏡」を見に出かけませんか  

※ツアーは終了している場合があります。