橋がひらいた新しい時代

たび小町(PR)

 川や渓谷のあちら側と、こちら側をつなぐように架けられる橋。暮らしを支えるライフラインであるのはもちろん、時代やその土地ならではの文化、風土を背景に持つ建造物でもあります。橋は、旅人を新しい感動、出会いへと導いてくれます。

砂漠の王国の栄華を伝える

 まだ交通が十分に発達していなかった中世。橋は単なる移動手段にとどまらず、一国の隆盛を表し、地域の象徴として人々に愛されました。かつての時代の反映を感じさせる橋は、現在も世界各国に残っています。
 シルクロードの要衝に位置し、古くから商業拠点として栄えたイランのイスファハーン。16世紀には「世界の半分」と称されるほどの富を築きました。
 国土の半分が砂漠のイランには珍しく、イスファハーンはザーヤンデ川が市内を流れます。旧市街・新市街は川の北側に位置していますが、中世のアッバース1世統治時代、国際交易で活躍していたアルメニア人を対岸の南側へ移住させていました。新たな商業地区を築き、王国のさらなる発展を目指したのです。
 ここで大きな意味を持つのが橋です。もともとザーヤンデ川にはいくつもの橋が架けられていましたが、北側と南側の行き来を活発にするため、より堅固かつ美しい橋が建造されました。そのひとつが、1650年頃に完成したといわれるハージュ橋です。
 水門が付き、ダムの機能も持った2階建ての橋は、市民が憩いの場として使う望楼ぼうろうも備えていました。時には国王が橋全体を使い、盛大な宴を催したりしたと伝えられています。交通と遊楽の用途を併せ持ち、芸術的な装飾も施されたハージュ橋は、砂漠の王朝に新しい時代の到来を告げました。その栄華の名残は、今も感じ取ることができます。橋のたもとや1階に設けられた店には、現在も昼夜問わず人々が集い、美しい橋が地域を象徴する存在となっています。

暮らしと文化を象徴する橋

 ヴェッキオ橋は、アルノ川に架かるフィレンツェ最古の橋です。ヴェッキオはイタリア語で「古い」という意味で、中世以前に架けられていました。洪水で流され、1345年に再建されたものが現在まで残っています。
 前述のハージュ橋もそうだったように、中世の橋の多くは、単に人や馬車などを通すだけでなく、様々な用途に使われていました。ヴェッキオ橋は、橋を中心に暮らしや文化が生まれ、根づく見本になった橋ともいえます。
 橋の上に装飾されたアーケードには、宝石店が軒を連ねます。1593年、メディチ家のフェルナンド1世が臭いを嫌って橋上に集まっていた精肉店や青果店などを立ち退かせて以来、宝石商や金細工職人が煌びやかな店を構えるようになったと言われています。第2次世界大戦中、フィレンツェの橋の多くは破壊されましたが、ヴェッキオ橋は難を逃れ、「奇跡の橋」として今に残っています。時代の終わり、そして始まりを見続けた歴史の証人でもあるのです。

 ヴェッキオ橋のアーケードに宝石店が並んでいた頃、日本でも新しい時代を拓く一つの橋が建設されました。それが日本橋です。徳川家康が江戸を開府した1603年、全国に延びる五街道の基点として建設されました。周辺は人で賑わい、多くの店が軒を連ねる様子は、中世ヨーロッパの橋の雰囲気にも近いものがありました。
 日本橋を通って人やものが行き来することで、江戸が国の中心となる下地ができたともいえます。また、橋の北詰西側には、全国の道路の基点を示す「日本国道路元標」が1972年に移設され、今も人々の往来を見守り続けています。

 日本橋を起点とする「東海道五十三次」を歌川広重が描いた1830年代から遡ること半世紀。産業革命の最中であった1781年のイギリスのセヴァーン川に、世界最古の鉄橋が架けられました。これがアイアンブリッジ(正式名称はコールブルックデール橋)です。建設には巨額の費用を必要としましたが、後年の大洪水で他の橋がことごとく流されてしまった時でも持ちこたえ、鉄の強さを世に知らしめたと言います。鉄の時代の幕開けを告げる記念碑的な存在であり、今も多くの観光客が訪れています。

雄大な姿に感動する「動く橋」

 国や地域の発展を支えながら、その歴史を背負ってきた橋。私たちが生きる時代にも、文明の進歩を反映した橋が多く架けられています。
 陸上の交通網が発達すると、海をまたぐようにして架けられる橋が増えていき、船の航路の確保が問題になりました。そして作られたのが、普段は陸上交通に使い、船が通る時は橋桁や橋脚を動かす可動橋です。
 21世紀になり開通した可動橋には、思わず歓声を上げたくなるほどユニークな動きをする橋があります。イギリス・ニューカッスルのゲーツヘッド・ミレニアム・ブリッジは、全長126mの歩行者・自転車専用のアーチ橋です。アーチ部分と歩道面がケーブルでつながれており、船が航行するときは、ケーブルで歩道面をグーッと引っ張り上げる構造になっています。もともとは対岸へのアクセスを改善するためだけに架けられた橋でしたが、ユニークな構造が話題となり、現在では観光の目玉にもなっています。

 大阪の夢舞大橋ゆめまいおおはしも、他ではなかなか類を見ない可動橋です。普段は橋の下を小型船舶しか通ることができませんが、橋自体が水に浮かんでいるため緊急時には可動部が旋回し、大型船舶の航行も可能になります。普段の重厚な姿からは想像もできない、コンパスのように海上を移動する様子は圧巻の一言です。

 独特の動きを楽しめるのは可動橋だけではありません。イギリス・スコットランドにあるファルカーク・ホイールは厳密に言うと橋ではなく、2つの運河をつなぐ船舶昇降用リフト。巨大なホイールの中に船を乗せて観覧者のように回転し、高低差が24mもある2つの運河を移動できるようになっています。
 1930年代まで2つの運河は11基に水門で接続されていましたが、通るのに丸1日かかり、運河そのものが使われなくなっていました。90年代になると、新たな千年紀(ミレニアム)の記念事業として運河の接続が浮かび、その具体策として建設されました。これにより、運河間の移動時間は約5分半に短縮されました。2002年に開通し、約70年ぶりにつながれた2つの運河には、新たな時代の到来を祝福する意味も込められているのです。

機能と独創性を備えた「美しい橋」

 橋は経済効果、暮らしの利便性向上などを目的に架けられますが、そこに「美しさ」を加えたアート的な側面を持つ橋もあります。
 イギリスのストックトンにあるインフィニティ・ブリッジは2009年に開通した、左右非対称のアーチが特徴的な橋です。歩行者・自転車専用の橋で、夜になり、アーチのイルミネーションが点灯すると、橋の名前に込められた意味がわかります。インフィニティは「無限」という意味で、記号にすると「∞」。夜の川面に映るツインアーチが大きな「∞」を描くのです。また、手すりにLEDとセンサーが設置され、歩行者が歩くとセンサーが感知して橋の色が変化するのです。この橋は人間の想像力、テクノロジーの可能性は無限だと改めて認識させてくれます。

 2004年、フランスのタルン渓谷に架けられたミヨー高架橋は、主塔の高さが世界一の橋です。まっすぐに伸びる橋脚のフォルムは美しく、フランスでは21世紀最初に建てられた大建造物として新たな観光地になっています。たもとから見上げても迫力のある橋ですが、実際に渡ってみると想像を超える高さとスケールの大きな眺めに圧倒されるでしょう。

 アジアにも新しい時代の象徴ともいえる美しい橋があります。盤浦大橋ばんぽでぎょは、ソウルを流れる漢江に架かる21の橋のひとつ。この橋が人を引き付ける理由は「月光虹噴水」と呼ばれる水と光のショーです。380個のノズルから水を噴射すると同時に、照明が虹色に輝く光の演出も加わります。「世界で最も長い橋梁噴水」とされており、ソウルの新しい誇りとして地元住民から親しまれています。

 日本の美しい橋として取り上げたいのは、江東区若洲地区と中央防波堤を結ぶ東京ゲートブリッジ。恐竜を思わせるデザインはもちろん、夜景の穴場としても話題です。毎月テーマカラーが変わるほか、年に何回か特別色のライトアップもあるため、夜景好きならぜひともチェックしておきたいスポットです。

 建築技術、資材の進歩とともに、今後もこうしたユニークで美しい橋が架けられていくのは間違いありません。渡った先に何があるのか。ワクワクしながら一歩踏み出してみましょう。

人を新たな出会いに導く橋を巡ってみませんか。

東海道をあるく旅伊勢神宮・宇治橋を訪ねよう!

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