出汁で旅する食文化

たび小町(PR)

 私たちの食生活に深くかかわる「出汁だし」。うま味と香りのみを水に閉じ込め、素材の味わいをぐっと底上げする日本料理の出汁は、他の国に類を見ない独特の食文化です。肉や野菜などを長時間煮込んでうま味を抽出する海外のそれに比べ、日本は主に魚介から短時間でさっとうま味を取り出します。
 日本において、各地域で出汁文化が異なることもあり、世界を通しても非常に繊細かつ味わい深い出汁文化が日本にはあります。そんな日本の食文化に欠かすことのできない出汁の魅力を再発見してみましょう。

精進料理から始まった昆布出汁

 奈良時代の出来事が記された「続日本紀しょくにほんぎ」(797年)では、文献ではじめて”昆布”が登場します。蝦夷から朝廷へ昆布が献上されたとの記録が残っています。輸送ルートが整っていなかった当時、ほぼ北海道でしか採れない昆布は大変貴重で、金と同等の価値があったといいいます。当時は薬として細かく削って食され、現代のような出汁の調理法が普及したのは鎌倉時代のことでした。
 きっかけは、仏教の教えが一般に普及したこと。精進料理における乾物からうま味エキスを抽出する技術を日本式にアレンジした際、独自の食材である昆布が利用されていたようです。
 江戸時代には北前船と呼ばれる運搬ルートも整い始め、調理技術とともに昆布は各地に広まっていきました。北海道から日本海側を渡る北前船の主な寄港地だった富山には、昆布〆などの昆布の食文化が今も色濃く残っています。また、琵琶湖の水運を利用して京都へ運ばれた昆布は上品な香りの出汁で、京料理の繊細な味わいを完成に導きました。
 様々な種類がある昆布ですが、どれが一番というのは一概には決められません。「利尻」「羅臼」などの産地ごとに、それぞれの個性があり、料理によって適した種類が異なるためです。加えて、昆布は生育環境により大きく味を変えるため、同じ産地の昆布でも、どの浜で育ったかで品質が決まります。

和食を昇華させた鰹節

 一方、鰹節もその歴史は長く、700年代初頭には、すでに「煮堅魚にかたうお」と呼ばれる鰹節の原型といえる食品が存在していました。これは切ったカツオを煮て干した加工品で、当時は出汁をとりためではなく、薄く削いで食されていました。
 当時から、太平洋を回遊するカツオは漁もしやすく、栄養豊富で身も大きいことから重宝されていたといわれています。加工することで比較的日持ちもするようになり、平城京への奉献を通して、内陸部にある都の食事にも鰹節が活用されていたそうです。
 ”花鰹” の名がはじめて文献に登場するのは室町時代のこと。このとき、すでに今でいう荒節の削り節が作られていたと思われます。いわゆる武家の料理が、出汁で煮炊きする精進料理と融合したのがこの時代です。室町時代から江戸初期にかけて盛んになった本膳料理には、昆布と鰹節の両方から出汁を引く文化が見て取れます。
 それでも、鰹節はまだ庶民には手の届かないものでした。カツオ出汁が庶民に広まるのは江戸中期の元禄時代。紀州印南の甚太郎という人物が「いぶしの技」、つまり燻す技術を広めました。もちろん、街道が整備されて流通網が敷かれたのも大きかったです。
 江戸に持ち込まれた鰹節は瞬く間に江戸庶民の人気食材となりました。続く文化文政の時代には、同じく大人気となった相撲の番付表を模した『諸国鰹節番附表』なるものまで登場しました。いまでいうグルメランキングのようなものです。最高位の大関(当時、横綱はなかった)には「土州(土佐)清水節」と「薩摩役島節(屋久島)」が名を連ねています。
 こうして見ると、いかに江戸庶民が鰹節に親しみを持っていたかがうかがい知れます。日本料理の原点ともいえる出汁の文化は、このように形づくられていきました。

煮る、焼く。多彩な出汁

 昆布、鰹節以外にも、日本には優秀な出汁が数多く存在します。ここではこだわりの出汁素材を紹介していきます。
 まず、昆布や鰹節に並んで広く使われている「煮干し(いりこ)」。江戸時代、鰹節はまだ高級品であり、庶民が日常的に使えるものではありませんでした。そこで、鰹節の代用品として大量に生産されるようになったのが煮干しです。煮干しは小魚を煮て干したものの総称で、いりこはイワシを加工したものですが、実際の煮干しはイワシがほとんどのため同義で使われています。
 そんな煮干しの最上級品とされるのが香川県の「伊吹いりこ」です。産地である伊吹島の周囲は、水深があり流れが穏やかで、骨や身がやわらかい良質のカタクチイワシの漁場となっています。鮮度管理を徹底した製法で、水揚げから茹で、そして乾燥機に入れるまでは30分以内。新鮮ないりこは香り高く、甘味の余韻が残るといいます。
 この伊吹いりこを出汁に使うのが讃岐うどん。コシの強い食感の麺と、風味豊かないりこだしがあって初めて、伝統の味がつくられます。

 出汁づくりの手法「干し」には煮干しのほか、焼いてから干す焼き干しもあります。煮干しの加工に比べ、手間暇がかかるのが特徴です。その最高級品の一つが「焼きあご」。あごは九州でトビウオのこと。海面より上を飛ぶため運動量が豊富で、脂肪分が少なく青臭さが控えめなのが特徴です。上品な出汁がとれ、九州を中心にいろいろな料理に使われています。
 あご以外にも出汁をとる焼き干しは各地にあります。焼きハゼは宮城県に根付いた食材です。特に正月の雑煮は出汁だけでなく、椀の中にも焼きハゼを配する圧巻のビジュアル。ハゼを長時間燻すため、焼いた香ばしさに加え、深みのある味わいです。出汁とゆかりの料理はその土地ならではの食文化を今に伝えています。

土地に根付いた雑節

 カツオ以外の魚からつくる節を雑節と呼びます。鰹節より血合いの部分を多く使うため、味も出汁の色も濃いのが特徴です。雑節も土地によって様々な種類が使われており、地域性が豊かです。

 なかでも、最も地域性が顕著なのはムロアジ節でしょう。「名古屋めし」の一つである「きしめん」は、平打ちした麺を使うのが特徴で、表面積が大きいため味が単調になりやすいです。かけ汁にはしっかりした味付けが求められ、独特の甘みとコクのあるムロアジ節が好まれています。個性の強い出汁に負けないように、合わせるしょう油も他とは違い、ほぼ全量を大豆でつくる「たまり」を使います。平打ち麺を引き立てるために、「ムロアジ節+たまり」というかけ汁が生まれたのです。
 同じく名古屋めしの「味噌煮込みうどん」にも、ムロアジ節を使うところが多く、合わせる味噌はこの地方ならではの「八丁味噌」。きしめんも味噌煮込みうどんも、甘味とコクがあってこそで、こうした食文化はムロアジ節抜きには語れません。
 一方、全国で広く使われる鯖節は、力強い味わいが特徴。通常、出汁は他の素材を生かすために使われることが多いですが、鯖節は時に主役級の存在感を見せます。特に重宝されるのがお好み焼き.たこ焼きなどの「粉もの」です。通常の鰹節ではパンチが足りないため、鯖鰹を用いることが多いといいます。
 鯖節と相性が良いのがウルメ節。その名の通りウルメイワシを原魚とする雑節で、鯖節と併せて使用すると風味を引き立て合い、よりうま味のある出汁が生まれます。関西の味覚に合うとされ、古くからうどんの出汁に重宝されてきました。

日本の食文化を現代に伝える架け橋

 このように料理によってさまざまな出汁を使い分けるのが日本の食文化の特徴です。また、出汁は和食の味を決めるだけでなく、日本各地の食文化を現代に伝える架け橋の役割も担っています。日本各地の出汁をテーマに、食欲の秋を楽しんでみてはいかがでしょうか。

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