にぎやかな表参道や青山通りにほど近いロケーションながら、緑豊かな落ち着いたたたずまいと豪華なコレクションで人気の高い根津美術館。東武鉄道などの経営で知られ、「鉄道王」と言われた実業家、初代・根津嘉一郎(1860~1940)氏が亡くなった際、長男の2代目嘉一郎(1913~2002)氏が、初代嘉一郎が熱心に蒐集した日本や東洋の古美術と、南青山の土地・邸宅を寄付して財団を設立。翌1941年、美術館が開館しました。財団創立80周年を記念した同展は、同美術館が収蔵する国宝7点、重要文化財88点をすべて披露する豪華な催しです。この収蔵数は私設の美術館としてはトップクラス。開幕を前に主な作品を紹介します。

豪華絢爛 屏風の美
なんといっても注目は尾形光琳(1658~1716)の代表作「燕子花図屏風」(かきつばたずびょうぶ)。大画面に堂々と、リズミカルに描かれたカキツバタの群生は、見るものを圧倒するオーラを放ちます。

屏風といえば、今年新たに重要文化財に指定された鈴木其一(1796~1858)にも大注目! 琳派の鬼才が細部に至るまで濃密に描き込んでいます。

中国の名品
中国の古代青銅器も、初代嘉一郎が力を入れたコレクションです。「饕餮文方盃」(とうてつもんほうか)は、酒を注ぐための器で、殷墟の王墓から発掘されたと伝わります。3点1組での出土は極めて珍しく、類品の中では最大級の威容を誇ります。

「漁村夕照図」(ぎょそんせきしょうず)は、南宋の画僧・牧谿が中国江南の景勝地を描いた「瀟湘八景」(しょうしょうはっけい)のうちの一図。足利義満の所蔵印が押されています。牧谿図は日本の画人に多大な影響を与え、水墨画のお手本となりました。

仏教美術への情熱
宗派によらぬ寺院建立を目指して、初代嘉一郎が集めた仏教美術もコレクションの重要な部分を占めます。那智山を一直線に落ちる瀧を描いた「那智瀧図」(なちのたきず)は、ご神体としての那智瀧を表すだけでなく、仏教が説く観音の権現(姿を変えたもの)をも象徴しています。

京都・大徳寺を開いた禅僧・宗峰妙超(大燈国師、1282~1337)の書「宗峰妙超墨蹟」(しゅうほうみょうちょうぼくせき)。冬至の前日に行われた説法で述べた言葉を、弟子の宗円禅人に書き与えたもの。41歳の時に書いた、大燈の遺墨中でも早い時期の作例として貴重な作品です。

「大日如来像」は、密教の根本経典「金剛頂経」が説く教主・大日如来を描いた独尊画像です。院政期の貴族趣味を反映し、壮麗な装飾に彩られた美しさで名高い作品。岩手・中尊寺の伝来です。

武家の美意識
銀閣寺で知られる室町幕府の8代将軍・足利義政が愛した品として名高い「春日山蒔絵硯箱」(かすがやままきえすずりばこ)は、室町時代の蒔絵技術の粋が結集された硯箱です。蓋裏には鹿の声に耳を傾けているかのような男が描かれ、文様の中に散らされた字と併せて、「古今和歌集」の壬生忠岑の名歌(山里は秋こそことにわびしけれ 鹿の鳴く音に目をさましつつ)を暗示しています。

初代嘉一郎のコレクションの核のひとつは、晩年に親しんだ茶の湯の道具。「青井戸茶碗」(あおいどちゃわん)は柴田勝家が織田信長から拝領した茶碗で、「柴田」の銘があります。信長や秀吉もこの茶碗で一服したのでしょうか。

茶人に好まれた唐物の褐釉茶壺の形を借りて、仁清は華やかな色絵と金銀彩の小ぶりな茶壺を作りました。「色絵山寺図茶壺」(いろえやまでらずちゃつぼ)は、丸亀藩京極家の注文で制作されたもののひとつです。

これら国宝・重要文化財の大半は初代嘉一郎が購入したのちに、新たに国の指定を受けたそうです。既成の評価にとらわれることなく、名品を発掘した根津嘉一郎の審美眼を実感する展示といえそうです。
(読売新聞東京本社事業局専門委員・岡部匡志)
財団創立80周年記念特別展「根津美術館の国宝・重要文化財」
開催期間:2020年11月14日(土)~12月20日(日)
休館日:毎週月曜日(11月23日<月・祝>は開館、翌24日は休館)
入館料:一般1500円、学生1200円など。
※日時指定予約制。事前に日時指定入館券の購入が必要。
根津美術館サイト
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