北陸・小松の旅 伝説の杜氏が造る酒と、革新的なシェフの料理を味わう

リフレッシュ! 極上旅

写真:伏見早織

1泊2日の石川県小松市の旅で一番記憶に残っているのは、想像以上に豊かで斬新な食の数々でした。グルメの印象は決して強くはなかった街ですが、実際は農業が盛んで、おいしい野菜やジビエがそろい、発酵文化も栄えています。この旅では、伝説の杜氏とうじが活躍する蔵元と、シェフのアイデアが光る革新的なレストランで、小松ならではの味覚を堪能しました。

酒造りの神様が醸し出す日本酒が飲める「農口尚彦研究所」

日本酒に詳しい人なら、その名を知っていることでしょう。「酒造りの神様」と言われている農口のぐち尚彦さん。吟醸酒を市場に送り出してブームを生み出したり、山廃やまはい仕込みの技術を復活させたりするなど、長年、日本酒界をリードしてきた「伝説の杜氏」です。2006年にはその功績が認められ、現代の名工にも認定されています。

一度は現役から退いた農口杜氏の技術や精神を次世代に継承するべく生まれたのが、小松市にある「農口尚彦研究所」。2年間のブランクを経て、2017年に84歳で酒造りの最前線に戻った農口杜氏が中心となり、極上の日本酒を造っています。

田園風景の中にある「農口尚彦研究所」は、小松空港から車で約30分(写真:伏見早織)

研究所が位置するのは、小松空港から車で30分ほどの豊かな田園地帯。上質な米とミネラル豊富な伏流水に恵まれ、さらに、寒い時期に日本酒を仕込む寒造りに理想的な気候であることから、この地が選ばれたそうです。

「伝説の杜氏」と聞いて、昔ながらの酒蔵を想像して訪ねてみると、研究所の建物は予想に反し、とてもモダンで、美しいほどにシンプル。温度や湿度の管理を徹底した設備は最先端のもので、まるでミュージアムのように洗練されたギャラリーや、アーティスティックなテイスティングルームも併設されています。

とはいえ、ここはぶらりと訪れて見学したり試飲したりすることはできません。見学は1日1回(14時15分から約90分間。水・木曜は定休)の完全予約制。公式ウェブサイトで無料会員登録をし、日本酒体験プランの「酒事」を予約した人のみ、ギャラリー観覧と利き酒を楽しむことが可能です。料金は5500円(ドライバーなどお酒を飲まない人は、前日までの連絡で3300円のノンアルコールコース)と、一般的な酒蔵見学に比べると敷居が高く感じてしまうのですが、予約は国内外からのファンで常にいっぱい。その理由は、ここを訪れて納得できました。

ギャラリーでは、日本酒の歴史や、この蔵が目指す酒造りの美学を展示(左)。温度、湿度、米の水分量などをデータ化し記録した、農口杜氏直筆のノート

ガラス越しに酒蔵が見られるギャラリーには、農口杜氏が愛用しているノートが展示されていました。ノートには、温度、湿度、米の水分量などが細かく記録されているそう。杜氏というと、昔から「勘が頼り」というイメージがあります。伝統を大切にしながらも、科学的に酒造りをする農口杜氏の哲学は意外でした。

利き酒は、テイスティングルームの「杜庵とうあん」で。窓の外の田園風景を借景に、コの字型のカウンターを配置したモダンな造りは、茶室をイメージしています。このユニークなアイデアは、小松が裏千家のゆかりの地であることから生まれたのだそう。

茶室をイメージしたテイスティングルームの「杜庵」。お茶でもてなす「茶事」になぞらえ、利き酒を「酒事」と名付けている

利き酒の前に、珠洲すず焼の水差しに入れ、一晩寝かした水を1杯。仕込み水にも使われている、井戸水からくみ上げた伏流水です。

そしていよいよテイスティング。日本酒を飲むのは好きでも知識が浅い私ですが、じっくりと説明していただきながらの利き酒は、その世界観にぐいぐいと引き込まれてしまいました。温度だけでなく、九谷焼、陶器、グラスなど酒器によって味わいが変わるのは、斬新な体験。イカのかす漬けやヘシコ(脂がのった冬のさばぬかと塩で仕込み、約1年、たるの中で漬け込んで熟成させたもの)など、地元産の発酵食を使ったさかなとともに、すっかり美酒ワールドに魅せられてしまいました。

6種類ほどの日本酒をテイスティング。季節に合った飲み方を提案してくれる。テイスティングに用いられる酒器は、人間国宝の吉田美統(よした みのり)氏による盃(さかずき)や、一子相伝の九谷毛筆細字、陶窯田村四代目の田村星都氏による盃など、目でも楽しめるものばかり
地元に伝わる発酵食をアレンジした肴とのペアリングも楽しい(左・写真:伏見早織))。小さな販売スペースには、いくつかの銘柄も販売(購入はクレジットカードのみ)

16歳で酒造りの世界に入った農口さんは現在87歳。今季も最前線で若手蔵人くらびととともに併設の寮に泊まりながら、酒造りを続けているのだそう。ただ伝統に縛られるだけでなく、試行錯誤しながら進歩し続ける姿勢は、とてもまぶしく魅力的です。

小松発、革新的な料理を発信するレストラン

「北陸にイノベーティブなレストランがある」と、私の周りで話題になっていたレストランがあります。イノベーティブとは革新的、つまり、既存の枠にとらわれないという意味で、ここ数年、「イノベーティブ・フュージョン」という料理のジャンルも確立されています。

そんな新ジャンルのレストランとして注目を集めているのは、小松市にある「SHOKUDO YArn(ショクドウ ヤーン)」。ここで食事をするために、はるばる遠方から訪れる人もいるほどの人気ぶりです。ラッキーなことに、私はこの小松旅でランチに訪れることができました。

ショクドウ ヤーン。ランチ、ディナーともに完全予約制のコース。中庭にあるオリーブの木と、その向こうに一面の窓があるキッチン。店内は開放的な雰囲気

レストランだとは気づきにくいシンプルな外観の建物は、中に入ると樹齢200年のオリーブの木が茂る中庭があり、とても開放的。ガラス越しにキッチンでテキパキと料理するシェフが見えて、「どんな料理が出てくるのかな」と、ワクワクさせられます。

その期待は裏切られることなく、驚きの連続でした。まず、メニュー名を見ても、どんな料理かははっきりと分かりません。一皿一皿に言葉遊びのような仕掛けがあって、料理を食べ始めると、「なるほど!」とうなずいてしまうのです。

1品目は、イチジクのういろうと、その甘さの余韻とともにいただく42か月熟成のハム。ソーヴィニヨンジュースでたてた抹茶とともに楽しんで

たとえば、「炭火焼き朝採りトウモロコシ」。一見すると、メニュー名のとおり、お皿の上に焼きトウモロコシが乗っているだけのように見えます。でも、なぜかスプーンが添えられていて……不思議に思いながらスプーンを入れてみると、なんと、ムースのようになめらかでとても甘い! 

近隣の白山市にある「中本農園」の朝採れのスイートコーンを使用した一品にはサプライズが……。そのときに一番おいしい石川の食材を使うため、メニューは少しずつ変わる

その正体は、トウモロコシ100%のペーストでした。炭火で焼き上げたトウモロコシをペーストにした後、トウモロコシ形に形成し直し、さらに表面に焼き色をつけているのです。とても手間と時間がかかる一品は、単に仕掛けに驚かされるだけでなく、素材そのもののうま味がぎゅっと凝縮していて、石川の旬の味をたっぷりと堪能できました。

この日のメインディッシュ名は、ずばり「カツとじ」。盛り付けからは想像がつかないメニュー名です。「まさか、あの、定食屋さんのカツとじ?」と思って口にすると、ほんのりとした甘みと豚肉の脂が絡み合う上品なお味。グリルした能登豚の上に、卵と出汁だしで作ったフレンチトーストを乗せた、この地域らしい一品でした。懐かしいのに新しい、そんな印象です。

「カツとじ」は、ふわふわのフレンチトーストと能登豚を合わせた斬新な料理。見た目に驚き、味に大満足

こうしたサプライズは、最後のデザートにも隠されていました。バナナのパウンドケーキと柚子ゆず風味のチョコレートとともに盛られた黒い石。この中に、石とそっくりに作られたマカデミアナッツのチョコレートを忍ばせているのです。石材の名産地としても知られる小松の石を盛り付けるアイデアといい、遊び心といい、最後は宝探し気分で楽しく、3時間に及ぶランチコースを締めくくりました。

デザートはパウンドケーキとチョコレート。石の山の中に、お菓子が隠されている

ユーモアいっぱい、そして決してまねできない唯一無二の料理を生み出すのは、米田裕二シェフと、奥様の亜佐美シェフ。石川県出身のお二人は、イタリアやスペインでシェフやパティシエールを務めた経歴の持ち主です。「畑から取って食べたキュウリの味、祖母にもらった朝採れトウモロコシ、川で釣った魚。子どもの頃に食べた食材のおいしさを今でも覚えています」と米田シェフ。グローバル感覚に優れつつも、地元食材の素晴らしさをしっかり理解しているからこそ、こんな創造的な料理が完成するのでしょう。

レストラン名の「ヤーン」は「り糸」という意味。レストランが亜佐美さんのご両親が営んでいた撚糸ねんし工場をリノベーションした建物であることに加えて、糸を何本も合わせた撚り糸のように、これまでの経験や地元の食材などを組み合わせて「石川でしか表現できない料理」を創造したいという意味も込められているのだそうです。この日、私が味わった感動も、この糸の一本になっていくのであれば、とてもうれしいことです。

農口尚彦研究所
SHOKUDO YArn

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芹澤和美
芹澤和美(せりざわ・かずみ)
旅行ライター

 編集職を経て、1996年、中国・上海へ短期留学。帰国後、フリーランスの旅行ライターとして活動。主なフィールドは、98年から通い続けているマカオや、中国語圏、アジア、中米、南アフリカ。主に、旅行雑誌やカード会員誌、機内誌、新聞などで国内外の旅行記事や紀行文を掲載。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。

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